2022年ついにPFP1位に輝いた日本の至宝、井上尚弥。
今回はそんな井上選手を舐めていた、侮辱していた選手の末路と、これから戦うかもしれないながら挑発、舐めている選手を紹介します。
井上尚弥を舐めた人間の末路
アドリアン・エルナンデス
最初に紹介するのはアドリアン・エルナンデス戦です。
当時、32戦29勝18KO2敗1分。
井上選手の初の世界挑戦の相手です。
プロ8年目で、世界王座を2度獲得、今回が5度目の防衛のベテラン王者です。
年齢も28歳とピークを迎えています。
一方、井上選手はプロ入りわずか6戦目にして初の世界タイトルマッチ。
これに勝てば日本最短の世界王者誕生ですが、「世界挑戦はまだ早い」という声も少なからずありました。
エルナンデス陣営のトレーナー、ジェフ・フェネックは
「イノウエはいいセンスを持っているけれど、世界レベルの試合をしていない。ちょっと早いかな」
「後半でレフェリーストップになるんじゃないか」
と、KOを予告。
エルナンデスは計量直後の撮影時、「お前も食べるか?」と井上選手に食べかけのバナナを渡します。
試合が始まると、序盤から井上選手が圧倒してみせます。
エルナンデスのパンチを見切り、ボディストレートでよろめかせると会場がどよめきます。
世界王者相手に強烈なパンチを打ち込んでいく井上選手。
試合を見ていた人は「強いとは思っていたがここまで強いのか。井上尚弥の強さは本物だ」と思ったでしょう。
今でこそ、世界王者をあっという間に倒すのが当たり前の井上選手ですが、当時のファンには衝撃的な光景でした。
2R目も一方的に攻める井上選手。このままKOするのも時間の問題だと思われました。
しかし迎えた3R、思わぬアクシデントが起きてしまいます。
ラウンド中盤、井上選手の左脚が痙攣し始めたのです。
試合前の無理な減量は、少しづつ井上選手の身体を蝕んでいました。
痙攣の影響を見せずに強いパンチを打ち込んでいく井上選手ですが、4Rからエルナンデスが前に出てきます。
そして5R、ついに井上選手の左脚がつり始めます。
動きが鈍くなり、これまでステップワークでかわしていたパンチをガードで受けるようになる井上選手。
エルナンデスはここぞとばかりに打ち込んできます。
5Rが終了し、井上選手は『このままでは脚がもたない』と思ったそうです。
そして、6Rで倒しに行くことを決意したのです。
6R、被弾しながらも強打を打ち込んでいく井上選手。珍しくインファイトで打ち合いに挑みます。
怪物は打ち合いでも強さを発揮します。
そして、次第にパンチを効かせていき、「狙っていた」という右の打ち下ろしをヒット。
エルナンデスがキャンバスに沈みます。
ゆっくりと立ち上がるエルナンデスですが、すでにその目に戦闘意志はありませんでした。
カウントを数えるレフェリーに背を向けるエルナンデス。
それを見たレフェリーは試合終了を告げました。
試合後エルナンデスは
「非常にタフな試合だった。左フックが効いた」
「イノウエはスピードがあって、うまくパンチを外す選手だと思った。リベンジができるなら希望したい」
と語り、井上選手は
「あそこまで打ち合ったのは初めて。強い相手で苦しかったけど、本当に楽しかった。ボクシングは素晴らしいですね」
と語り、アマ時代でも経験のなかったアクシデントに見舞われたにもかかわらず試合を楽しみ、メンタルでも怪物級ということが垣間見えました。
この試合で井上選手は、WBCの2014年4月度MVPを獲得。
アクシデントに見舞われながらも、見事日本人最速の世界チャンピオンとなったのでした。
オマール・ナルバエス
続いてはオマール・ナルバエスとの試合を紹介します。
オマール・ナルバエスはフライ級世界王座を16連続防衛、スーパーフライ級王座を11連続防衛中のレジェンド級チャンピオンです。
強固なガードを持った選手で、プロ・アマを通じて150戦20年以上の経験がありながら、一度もダウン経験がなく43勝1敗2分。
唯一の黒星はあのドネアからの判定負けのみで、フライ級、スーパーフライ級では14年間無敗でした。
今でこそPFPの井上選手ですが、当時はまだ世界戦3戦目。
21歳の、レジェンドへの挑戦に「時期尚早」との声もありました。
井上選手も「お客さんからブーイングされるような内容でもいいから勝つ」と語るほどです。
そして、試合前から駆け引きは始まっていました。
グローブチェックの際ナルバエス陣営は用意された王者カラーの赤のグローブを取り囲んで10分近くにわたって協議。
そして赤グローブを拒否して、井上と同じ黒グローブを要求します。
試合前、ナルバエスは
「(イノウエを)気にしていない。気にするのは自分の体調だけだ」
「12R全てポイントを上回って勝つ」
「イノウエが6戦目で獲得したタイトルはライトフライ級だ。私は11戦目でフライ級を獲得した」
大差判定で勝ちたいという井上選手を「それは難しい」と笑います。
しかし、試合は井上選手自身の予想も大きく上回る展開となります。
試合は早々に大きく動きます。
1R25秒、井上選手が右のオーバーハンドをナルバエスのおでこに叩きつけ、さらにガードの上から叩き込みダウンを奪います。
試合開始30秒も経っていない時点で、ダウン経験のない王者がダウンしたのです。
ゲストの香川照之さんは「ナルバエスが倒されるなんてないですよ」と言い、その興奮した様子がいかにこの光景が信じられないことかを表していました。
初めに効かせたパンチが当たった場所はおでこで、顎やテンプルといった急所ではありません。
そして、ダウンを奪ったパンチはガードの上からでした。
このあまりのパワーにナルバエス、観客はもちろん、井上選手自身も驚いていました。
この時のパンチで、そのパワー故に右拳を痛めたのです。
立ち上がるナルバエスに井上選手が冷静に詰め、ボディに打ち分けた後、左フックをテンプルにかすらせ再びダウンを奪います。
ナルバエスは、脚を使いながら両腕でがっちりとガードを固めます。
ラウンドはまだ残り1分半ですが、そこは百戦錬磨のナルバエス。井上選手の猛攻をなんとかしのいでみせます。
1R終了のゴングが鳴ると、観客から興奮の拍手が沸き起こります。
2R、少しづつ反撃するナルバエスですが、直ぐに井上選手の倍返しが待っている状況を打開できません。
そしてラウンド中盤、前に出てきたナルバエスを待っていたのは、井上選手得意の下がりながらの左フックのカウンターでした。
井上選手のジャブに合わせてきたナルバエスの右を、バックステップと少しのスウェーでかわし、ドンピシャでテンプルを打ち抜きます。
この試合以外でも井上選手がよく使うカウンターですが、このギリギリの距離感があるからこそなせる技です。
ヨロリとキャンバスに膝をついたナルバエス、直ぐに立ち上がります。
この試合3度めのダウンですが、この打たれ強さはさすがは元ダウン経験なしの王者です。
ここで仕留めたい井上選手ですが、ナルバエスは1R同様がっちり顔面のガードを固めます。
しかし、右拳を痛めている井上選手は強く打ち込めません。
そこで井上選手が選んだのはボディ攻めでした。
ダブルジャブからの右ボディフック。左右の顔面へのフックから左ボディフック。ダブルジャブから左ボディフック。
そして最後は、右アッパーから左ボディフックです。
この右アッパーからの左ボディフックは、井上選手が最も得意とするボディのコンビネーションで、多くの試合をこのボディで決めてきました。
立て続けに強烈なボディを食らったナルバエスは少し間をおいてキャンバスに座り込みます。
苦悶の表情を浮かべるナルバエスは立ち上がれず、井上選手のKO勝利となりました。
当時世界最速の2階級制覇。しかも、レジェンド相手に2RKO。
この圧倒劇に、観客や相手陣営はもちろん、井上陣営も衝撃だったでしょう。
最後のフィニッシュブローをスローで見てみると、ナルバエスの右脇腹、レバーのある位置に井上選手の左手が強烈にめり込んでいるのがわかります。
ナルバエスはこのダウンについて「気力ではなく体が限界だった」と語っています。
レジェンドを初KOするのにふさわしいパンチでした。
試合後ナルバエス陣営は井上選手のあまりのパワーに「井上はグローブに何か仕込んでいないか?」とチェックを要請します。
それほどナルバエスがあんなに簡単に倒されるなど、信じられなかったのでしょう。
しかし、井上陣営はすぐにグローブを取り何も仕込んでいないことを見せると「素晴らしいチャンピオンだ」と納得しました。
全盛期のドネアを相手にしても「パンチを効かされたことはない」と語っていたナルバエスですが、井上選手のパンチについては
「1R目からパンチ力に驚いた。本当に強かった。もっと上の階級のパンチ力だったし、パンチが速過ぎて見えなかった」と語っています。
試合後、見たことのない父親の姿にリング上で泣きじゃくるナルバエスジュニアくんですが、井上選手との年齢差は奇(く)しくも、父親のナルバエスと井上選手の年齢差と同じ18歳差です。
父親と二人三脚でボクシングをしているナルバエスジュニアくんは現在アマの国内王者。
境遇も井上選手と似ているこの息子が将来、同じ年齢で井上選手と戦うことがあればドラマチックな展開ですね。
井上選手はこの年、海外の様々なボクシングサイトから年間MVPに選ばれ、日本ボクシングコミッションからはこの年の最優秀選手賞、KO賞、そしてこの試合は年間最高試合に選出されました。
本当の意味で井上選手の怪物ぶりを見せつけた試合でした。
アントニオ・ニエベス
続いて紹介するのはアントニオ・ニエベスです。
ニエベスはランキング7位で17勝9KO1敗2分け。
この試合はスーパーフライ級で行われましたが、元々バンタム級の選手で
プロボクサーでありながら銀行マンとしても働いています。
開催地はカルフォルニアで、井上選手初のアメリカでの試合となりました。
ニエベスは試合前
「彼はまだ本物であるかテストされていない。試合はほとんど日本で行われていた。過大評価されているか俺がテストしてやる」
と語り
ニエベス陣営は
「イノウエは速いし、パンチがあるのは認めるけど、対戦相手のやる気がないように見える。(過去に戦った)カルモナなんかは勝つ気が無いじゃないか。イノウエは日本でしか試合をしていない。他の場所で同じような試合ができるとは限らない。」
「イノウエは怖がっているだろうね。彼はとても小さい。(ニエベスは元々バンタム級)108パウンド(約49キロ)しかないんだ。」
と言います。
試合が始まると、井上選手の重い右にニエベスはすぐに後退します。
井上選手を小さいと言っていたニエベス陣営は、そのパワーに驚いたことでしょう。
一方、ニエベスの攻撃はすぐに倍返しされます。
2Rになると、試合はより一方的になっていきます。
ラウンド終了間際にはダウン寸前まで追い詰めますが、井上選手が終了10秒前の拍子木をゴングと間違えるミスもあり仕留めきれず。
以降、ガードを固めるニエベスに強烈なパンチを打ち込んでいく井上選手。
時々反撃に出るニエベスですが、井上選手にとってそのパンチを見切るのは簡単な仕事でした。
そして5R、井上選手の強烈なレバーブローが突き刺さり、ニエベスついにダウン。
なんとか立ち上がり、必死に逃げ切ります。
6R、ニエベスの腰は引けており、ダメージは明らかです。
消極的なニエベスに井上選手も打ってこいとアピールします。
そして6R終了時、ニエベス陣営はレフェリーにギブアップを宣告。
試合を諦めたのでした。
ニエベスは試合後
「彼はとどまることがなかった。情け容赦なかった」
とコメント。
あれほど自身満々だったニエベス陣営の心ごとノックアウトしたのでした。
ジェイミー・マクドネル
続いて紹介するのはジェイミー・マクドネルです。
この試合は、井上選手がスーパーフライ級から1階級上げたバンタム級での初めての試合で、これに勝てば3階級制覇になります。
相手のマクドネルは10年間無敗、これまでに同王座を5度防衛している強豪で、その中には亀田和毅選手を2度退けた防衛も含まれす。
●マクドネルは試合前、
「イノウエのファーストネームすらどう発音するかも知らない、俺の方がタフで強い。イージーな相手だ」
「わかっているのは俺が奴を倒すということ。俺を簡単に倒せると思っているだろうが、タフな試合になる」
「イノウエに勝つことで名前が世界にとどろくだろう。すべてにおいて私が勝っている」
と語ります。
そして、試合前日の計量では1時間以上の遅刻をし、
「滞在しているホテルで体重をリミットまで落としてから来たかった」
「日本人と違って我々の民族は時間にきっちりしていない」
と、謝る素振りもなかったそうです。
これには井上選手も
「ふざけているなと思います。謝る態度1つなくて王者陣営の態度にイラっとしました。明日はそれをぶつけようと思います。1時間オーバーはないですよ」
と怒りをあらわにし、フェイス・トゥ・フェイスでは眼光鋭く睨みつけ、珍しく熱くなっている様子でした。
この時、マクドネルは減量に失敗しておりその顔は別人のように痩せこけていました。
そして、当日はなんと12キロ増量でリングに上がったのです。
使用グローブは井上陣営が用意した日本製を拒否し、持参した金色の米グラント社製を使用します。
試合が始まると、慎重にジャブを放っていくマクドネルですが、いきなり井上選手が豪腕を振り回します。
普段は1Rは慎重に様子を見る井上選手ですが、これだけで熱くなっている様子がわかります。
そして、井上選手が左のオーバーハンド気味のフックを上から叩きつけ、マクドネルをぐらつかせた後、ダウンを奪います。
自分よりも10cmも身長の低い相手に、上から叩きつけるようなフックで効かされたマクドネルは、さぞかし驚いたことでしょう。
試合開始、まだ1分半も経っていない時点でのこの光景に観客は大興奮。
立ち上がるマクドネルですが、そこに待っていたのは井上選手の怒涛のラッシュでした。
ハリケーンに飲み込まれた長身の英国人はキャンバスに崩れ落ちます。
直ぐにTKOを宣告したレフェリーでしたが、割って入るタイミングをうかがいながら慌てて止める様子が、このラッシュの勢いを物語っていました。
16戦目での3階級制覇は日本で最速記録になります。
いつも冷静で隙きを見せない井上選手ですが、この時はノーガードで強打を振り回し続けたのです。
自分よりも体格の大きい選手をガードの上からなぎ倒すなど、とても軽量級の試合とは思えません。
米メディアは井上選手を”小さなゴロフキン”と、ミドル級のハードパンチャーに例えていました。
試合後、マクドネルは
「イノウエは本当に強かった。イノウエはグレート、パンチもあって素晴らしいファイターだ。地球上で1番強いバンタム級の選手と戦えた」
コンディションについては「最高の状態に作り上げることが出来た」
と良好だったと語りましたが、その半年後に
「人々はオレを笑うが、今でも勝てたと信じている
「減量に負けた。体重をちゃんと作れたら、オレは彼を倒していた。」
とも語っています。
そして試合後、井上選手の強打よりも強烈な苦痛を味わうことになります。
試合中、自宅には空き巣が入っていたことが判明。一ヶ月後に離婚。
立て続けにベルト、財産、家族を失ったマクドネルはうつ病になりボクシングができず、工事現場で生活をまかないます。
そして、復活を目指して約1年後に復帰し勝利ますが、その約2年後に引退しています。
ファン・カルロス・パヤノ
続いてはファン・カルロス・パヤノを紹介します。
この試合はWBSSバンタム級トーナメント一回戦になります。
パヤノはアマチュアで528戦のキャリアを誇り、オリンピックに2度出場している20勝9KO1敗の元WBAスーパー王者で、KO負けの経験はありません。
日本の山中選手と死闘を繰り広げ、世界タイトルを12度防衛したアンセルモ・モレノにも勝っている曲者です。
試合前、井上選手有利という声に
「気にしてはいない。家達が間違っていると証明し続けるだけだ。12ラウンドを戦うよ。イノウエのパンチが強いからって倒れることはない。俺を倒すには俺を殺すしかないだろうね」
「もし彼がそんなに力強いと言うのであれば、俺は他の4選手にも負けることになるであろう。彼が強いパンチを打てるのは知っている。それによって俺が倒れると思うのであれば間違っているね。これは118ポンド(約53.5キロ)であって、違ったレベルだ。バンタム級のエリートのレベルなんだ。(井上選手はバンタム級2戦目)110%、勝つ自信がある」
と語り、トレーナーは
「イノウエはパヤノに勝てない。パヤノがKOする」
と語っています。
一方、パヤノの公開練習を見た大橋会長は
「体幹が強そうですね。早いラウンドで終わるような気がするな。井上がKOで勝つでしょう」
と余裕を見せていました。
そして、その予感は見事に的中します。
試合が始まると、サウスポースタイルのパヤノに対して探るように、グローブをチョンチョンと合わせて様子を見る井上選手。
時折、ボディを放つパヤノ。お互いグローブを合わせながら、時計回りに円を書くようにリングをサークリングしていきます。
緊張の時間が続きますが70秒を過ぎた辺り、井上選手がグローブを合わせるタイミングをずらした瞬間、高速のワンツーがパヤノにヒット。
右にステップしたパヤノを追尾するように、身体を捻っての渾身の右ストレート。
怪物の一閃がパヤノの顎を貫くと、パヤノは後ろ向きに大の字にキャンバス倒れ込みます。
立ち上がろうとするも身体がいうことをきかないパヤノ、わずか70秒でのKOとなりました。
軽量級のボグサーが実質たった一発で相手を失神させたのです。
あっという間の試合終了に、解説を務めた元世界バンタム級王者の山中選手は「紹介される前に終わってしまいましたね」と苦笑いしていました。
そして、この負けはパヤノの8年のプロ・キャリアで初めてのKO負けとなりました。
井上選手はKOパンチを打つまでに、グローブを合わせる行為を約50回ほどしています。
この約60秒間で「すごく駆け引きをしていた」そうです。
パヤノが突っ込んできたときに放ったアッパー。これでパヤノの勢いが止まり、いけると感じたそうです。
左フックを警戒するパヤノをジャブで外側を意識させたといいます。
そしてリズムをずらしたところで、内側からジャブを入れ視界を遮った上で、深く内側に踏み込んで右ストレート。
このワンツーのステップは「子供の頃に父から教わり、今でも毎日続けている」そうです。
井上選手はこのパンチについて
「パーフェクトすぎたという感覚。狙って、計算して入ったパンチです。」
「標的にスポットライトを当てたかのような1本の光の道が見えた。」
と語っていますが、まさに天才にしかわからない境地なのでしょう。
パヤノは試合後
「見ての通り。油断していたわけではないが、パンチが入ってしまったし、全く見えてなかった」
と語っています。
そして井上選手は、この年のリングマガジンのノックアウト・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。
エマニュエル・ロドリゲス
続いてはエマニュエル・ロドリゲス戦を紹介します。
この試合はWBSSバンタム級トーナメント2回戦になります。
対戦相手のロドリゲスは1回戦でランキング1位のジェイソン・マロニーを判定で下している選手で、アマチュア171勝11敗、プロでは19戦全勝12KOとパーフェクトレコードを誇り、ダウン経験すらない実力者です。
試合はスコットランドのグラスゴーで行われましたが、実は試合前から戦いの火花は散っていました。
ロドリゲス選手の練習風景を動画撮影していた父真吾トレーナーに、ロドリゲス陣営が不満を露わにし真吾トレーナーを突き飛ばしたのです。
真吾トレーナーはこのときのことを「ずっと睨んでいるので、次なんかやってきたらやってやろうと、眼鏡を拓真(尚弥の弟)に渡したんです」
と語っており、ロドリゲス陣営は
「イノウエ陣営は我々のトレーニングを見ながら、撮影していた。だから、自分の役割をしたまでだ。」
「エマニュエルが会場に到着するや否や、彼らは脅すような態度で見てきたんだ。我々は遊びに来ているわけではない。我々を尊敬させるために来たんだ。これは戦争だ。最終的に我々に軍配が上がるだろう。土曜日に人々は目撃するだろう。モンスターはイノウエではない、ロドリゲスだと!」
「イノウエ陣営は我々を倒すと考えている。しかし、エマヌエル・ロドリゲスは無敗であり続けるだろう。信じないヤツは見ておけ!」
と、語っています。
ヒートアップする両陣営。尊敬する父に手を出された井上選手はこの時「腹立たしい。絶対にぶっ倒してやろう」と思ったそうです。
その場は関係者が割って入り収まりましたが、この騒動をWBSSがツイッターに流したためロドリゲスは、大ブーイングで迎えられてしまいます。
井上陣営はこの時のことを「まるでホームのようだった」と語っています。
●ロドリゲスは試合前「イノウエを倒して多くの人を黙らせる」とコメント。
フェイスオフではロドリゲスのトレーナーが下から覗き込むように井上選手を睨みつけ、個人ではなくチーム同士のバチバチの様相を呈してきます。
試合が始まると、井上選手の一発目のジャブにロドリゲスが右のカウンターを合わせにいきます。
この一発に井上選手は「こいつ、ただものじゃない」と、目を見開いて集中力を高めたそうです。
プレッシャーをかけてくるロドリゲス。
事実上の決勝戦という謳い文句に違わぬ、ヒリヒリとした緊張感の攻防が続きます。
少し力みのあった井上選手は「長いラウンドになる」と感じたそうです。
しかし、同時に
「1ラウンド目の感触で、負けはしないなという気持ちの余裕があった。左フックなり、右ストレートなり、当たれば倒れるという感触はあった」
とも語っています。
2Rインターバル中には決勝戦を控えているドネアが映し出され会場が盛り上がります。
2Rが始まると井上選手は”修正”をします。
プレスの強いロドリゲスに対して、「重心を落として(相手を)おさえる」ためです。
そして、徐々にギアを上げてきた井上選手が打ち合い始めると、モンスターの一撃がロドリゲスの顎を捉えます。
井上選手が1Rで感じていた「当たれば倒れる」左フックです。
ロドリゲスの左アッパーに対するカウンターですが、1Rを見返すと同じパターンの左フックを何度も放っており、その予感は正しかったことがわかります。
井上選手はこの時、試合前のロドリゲス陣営とのいざこざから
「ダウンを奪ったとき相手のセコンドに向けて、ちょっとアピールしてやろうとも思ったけれど、そこはボクシングはスポーツなので止めた」
と言います。
そして、立ち上がるロドリゲスに間髪入れず、今度はボディにダブルをねじ込みます。
顔面の次はボディであっさり倒されてしまったロドリゲス。
キャンバスに膝をつき『もう無理』と言わんばかりにセコンドに首を振ります。
なんとか立ち上がりますが、直ぐに井上選手のラッシュに沈みます。
かろうじて立ち上がったロドリゲスですが、その表情にレフェリーは試合を止めました。
2R1:19TKO。井上選手はまたも、短期KOで試合を決めるとともにWBSS決勝の切符を手に入れました。
英国の解説陣は「軽量級のマイクタイソンだ」「何て素晴らしいファイターなんだ」と驚きと絶賛の声をあげていました。
試合後、負けを認めあっさりと井上陣営に握手を求めに行くロドリゲス陣営と、真吾トレーナーとハグをするロドリゲス。
そして真吾トレーナーを突き飛ばし井上選手を睨みつけていたクルストレーナーは、試合後しばらくして偶然井上陣営の近くを通りがかると「グッドファイト」と真吾トレーナーに握手を求めたそうです。
試合が終われば、両者にあったわだかまりは消えていました。
こういったストーリーもボクシングのいいところですね。
ロドリゲスは試合後
「言い訳の余地はない。これまでにないトレーニングを積んできたのだから。準備は最高だった。」
と元王者らしく潔く負けを認めました。
そして、リングには決勝の相手ドネアが上がり、井上選手について
「彼は素晴らしいファイターだ。しかし、彼はまだ若い。彼にはまだ多くの余地がある」
とコメントします。
この試合で井上選手はリング誌のPFP4位に上昇。
日本人初のリング誌の表紙を飾りました。
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