実は井上尚弥が陥っていたピンチ

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井上選手といえば圧倒的な強さで勝つイメージが強いですが、その勝利の中で実はピンチに陥っていた試合があります。

初の世界挑戦で試合前にインフルエンザにかかり、過酷な減量から試合中に脚が攣ってしまったエルナンデス戦。
拳を壊し試合後に手術、1年間試合から遠ざかるハメになったナルバエス戦。
眼窩底骨折、初のカット、初のクリンチをしたドネアとの初戦。

これらの試合は有名ですが、それ以外にも陥っていたピンチを紹介します。

目次

井上尚弥が陥っていたピンチ

強いられた片手での戦い

それは井上選手のプロ3戦目、佐野友樹(ゆうき)戦で起きました。

佐野選手は日本ランク1位で17勝12KO2敗4分け、高いKO率を持つ31歳のベテランです。
プロデビュー戦、2戦目と衝撃のKOで試合を終わらせた井上選手の強さに誰もが試合を断る中、佐野選手は試合を引き受けました。
佐野選手は右目に白内障を患っており1年近く試合から遠ざかっていました。
「もしかしたら現役生活はそう長くないかもしれない。だから、消化試合のような相手とはやりたくない。強い奴とやりたい。
31歳だったし、待っていてもチャンスは来ない。僕だって怖い。だけど、逃げたくない。」
という思いがあったそうです。

この試合は国内のノンタイトル戦でありながら、地上波のゴールデンで放送されるという異例の注目度でした。
MCを務めた千原ジュニアさんは
「間違いなく、伝説のチャンピオンになるであろう男の試合を目にすることができる数少ない機会です。」
と、すでに井上選手の怪物っぷりを確信していました。

試合が始まると井上選手優勢で探り合いが続きますが、1分半に井上選手の左アッパーがヒットします。
このアッパーで佐野選手は右のまぶたをカット。
その威力は右目だけでなく左目も見えなくなるほどだったといいます。
佐野選手はこのときのことを
「最初の1分くらいで読まれているなと感じました。僕がこう動くと分かっていて、あのアッパーを打ってきたんです」
と語っています。

そして2R、井上選手は左フックでダウンを奪います。
立ち上がるも、圧倒される佐野選手。
なんとかしのぎきりますが、KOされるのは時間の問題だと思われていました。

しかし3R、井上選手に異変が起きます。
右ストレートが佐野選手の頭蓋骨をとらえた瞬間、鈍い音が響きます。
右拳を痛めたのです。
これ以降、なんとほぼ左腕一本で戦います。
プロ3戦目の新人が日本ランカー相手に片手で戦うという、過酷な任務を課されることになりました。

しかし、それでも4Rには再びダウンを奪ってみせます。
それ以降も終始圧倒しますが、佐野選手も根性で粘ります。
打たれても打たれても諦めないベテランに、しだいに井上選手の派手なKOを見に来たはずの観客から佐野コールが沸き起こります。

止められてもおかしくない状況でしたが、井上選手にも疲れが見え始め最終ラウンド。
まぶたから出血し打たれ続ける佐野選手を見たレフェリーはついに試合を止めました。
この時レフェリーは佐野選手に「佐野、ごめんな」とささやいたそうです。
佐野選手の勇姿を見てレフェリーとしても最後までやらせてやりたかったのでしょう。

試合後、佐野選手のブログやジムには「感動した」というコメントや電話が殺到したそうです。

以降、井上選手はハードパンチャーの宿命でもある拳の怪我に悩まされることになります。

佐野選手はその後、1試合をはさみ網膜剥離を患い引退しています。
そして5年半後
「あのとき僕ができることはやりきった。一生、忘れられません」
と語っています。

封じられたパワー

続いて陥ったピンチはダビド・カルモナ戦での出来事です。
スーパーフライ級2度目の防衛戦。相手のカルモナはランキング2位の選手です。

井上選手はこの2試合前のナルバエス戦で右拳を痛め手術をしていました。
そして約1年後にパレナスを衝撃のKOで破り、その約5ヶ月後に組まれたのがこの試合です。
拳の怪我を治し、前戦も快勝。
「調子は今までで一番いい」という万全な状態で、今回も即KOが期待されていましたがボクシングの神様は甘くありませんでした。

試合が始まると、井上選手がいきなり強打を打ち込んでいきます。
ガードの上からでもわかるパワーに、会場がどよめきます。

1Rからカルモナのパンチを見切り、ジャブと右ストレートを中心にカルモナをぐらつかせます。
そのスピードとパワーから調子のよさをうかがわせ、1R終了時見ていた多くの人はKOも時間の問題だと思ったでしょう。

しかし2R、井上選手の勢いは弱まり明らかに右の数が減ります。
井上選手はこの時、右の拳に異変を感じていました。
またも試合中に拳を痛めたのです。
しかも、まだ試合は始まったばかり。井上選手のプランは大きく崩れます。

L字ガードから鋭いジャブを当てていきますが、時々放つ右ストレートにはパワーがありません。

続く3R、強い右が出せない井上選手はフットワークと左で試合をコントロールします。
このままでもポイントアウトできると思われますが、井上選手が見せたい試合はファンを驚かせるようなKO劇です。

5R、井上選手は勝負に出ます。
痛めた右拳を使った怒涛のコンビネーションでカルモナを襲います。
しかし、相手もランキング2位の選手。
なんとかこのラウンドを耐えきります。

そして6R、もう強い右を打てないと感じた井上選手は、ここでようやくセコンドに右拳の怪我を伝えます。
真吾トレーナーも「拳が使えないんじゃ、アドバイスのしようもない」とこの状況に手を焼いたそうです。

7R、井上選手はジャブを主体に足を使ったボクシングをします。
そして、その中でKOできる道を模索していたそうです。
ポイントアウトで難なく勝つことができるのに、拳を怪我しながらもインパクトのある試合を見せようとする精神はさすがとしか言えませんね。

しかし今度は多用していた左拳まで痛め始めてしまいます。
ついに両腕とも強いパンチが打てなくなってしまったのです。
この事態に井上選手はジャブと、顔面より柔らかいボディへのパンチを中心に切り替えます。

そして最終ラウンド、井上選手が倒しにかかります。
次々と強烈なボディを打ち込んでいく井上選手。
そしてボディに意識がいったところで顔面へラッシュ。
死力を尽くしマシンガンのようなラッシュを浴びせます。

これにはカルモナもたまらずダウン。
この試合初めてのダウンです。
立ち上がるカルモナ。試合終了まで残り20秒。
クタクタになりながらもパンチを繰り出す井上選手。
いつ止められてもおかしくない状況ですが、ここで試合終了のゴング。

KO決着とは行きませんでしたが、両拳を痛めながらもKO寸前まで追い詰めました。
試合終了後には、負けているはずのカルモナが両腕を上げます。
それほど怪物相手に判定まで耐えたということは価値があることなのでしょう。

カルモナは「自分がもっともイノウエを苦しめた」と完敗ながらも胸を張りました。
しかし、井上選手が拳を痛めていることには気づいていませんでした。
こんなアクシデントの中で、相手に気づかれないほどの実力差を見せつけるのはさすがとしかいえません。

井上選手は試合後「みっともない試合ですみません」とコメント。
普通、両拳痛めながらも圧勝すれば自分を褒めたくなりますが、井上選手にとって自分自身が一番厳しいことがわかりますね。

二重の痛みと親子の溝

この試合はカルモナ戦の約4ヶ月後に行われたスーパーフライ級3度目の防衛戦です。
対戦相手はペッチバンボーン・ゴーキャットジム。38勝18KO7敗、16連勝中のランキング1位で、2年前井上選手がKOしたサマートレック・ゴーキャットジムと同門の選手です。

試合前、順調と語る井上選手ですが、その言葉はあるアクシデントを隠していました。

試合が始まると、ジャブとボディを中心に試合を組み立てていく井上選手。
ラウンド終了間際には右のカウンターを効かせ追い詰めます。

2Rもアッパーのプルカウンターを当てるなど、的確にコンパクトなパンチを当てていきます。
いつでも倒せるが無理にいかない。このままいけば近いうちにKOだろう。
そんな余裕そうに見えましたが、実際の井上選手にそんな余裕はありませんでした。
実は試合の2週間前から腰を痛めており、身体をひねれない状態だったのです。
そのような状態では当然パワーパンチは打てません。並の選手では弱いパンチですら難しいでしょう。
試合が進むも決定打は生まれず、井上選手がアウトボクシングに徹する場面も出てきました。
そんな中でもサウスポーにスイッチしたりと、テクニックでも引き出しの多さを見せます。

しかし、腰の痛みはディフェンスにも影響します。
ローブローをアピールしようとガードを下げ珍しく連続して被弾。
再びローブローをするペッチバンボーンにローブローをアピール、焦りからか苛立っていることがわかります。

試合前、父・真吾トレーナーはこの試合に向けて井上選手のディフェンスを強化したかったそうです。
マルケスがパッキャオを一撃KOした試合を見せ、ボクシングの怖さとディフェンスの重要性を説いたといいます。
そして井上選手は試合前、腰の痛みは完治したと真吾トレーナーに伝えていました。
真吾トレーナーにとってこの状況は歯がゆいものだったでしょう。

そして、次第に右の手数が減っていく井上選手。
またしても拳を痛めたのです。

腰の痛みと拳の痛みの二重苦でむかえた10R、多少の被弾を気にせず打ち合いからパンチを効かせます。
フラフラになりながらノーガードでラッシュをかけ、ペッチバンボーンついにダウン。
そしてそのままテンカウントで試合終了。

井上選手は、らしくない戦いながらもこのピンチをKOで終わらせました。

試合が終わった瞬間、井上選手は勝者とは思えない浮かない表情でリング四方に頭を下げます。
そして、リング上で勝利者コールを受ける井上選手ですが、そこに真吾トレーナーの姿はありませんでした。
試合のパフォーマンスに加え、腰痛を隠していたこと、到底納得できるものではなかったでしょう。
記者会見にも現れず、数日家にも帰らないほどでした。

しかしその後、二人は互いの本心を話し合い再び二人三脚で歩むことを決めました。

そしてこの試合以降井上選手は、天心選手なども担当するバンテージ職人のニック永松さんにバンテージを巻いてもらうことになり、以降拳の怪我に悩まされることはなくなりました。

6年前の悪夢再び

井上選手初のラスベガスでの試合、ジェイソン・モロニー戦。
実はこの試合でも井上選手はトラブルに見舞われていました。

モロニーは21勝18KO1敗、ランキング1位の選手でKO負けはありません。
唯一の黒星は井上選手が2RKOで下したエマニュエル・ロドリゲスから喫したものです。
世界王者経験はないものの総合力の高い実力者です。

試合開催日は2020年10月31日。コロナ禍による厳戒態勢での試合となり、井上陣営はアメリカ入国後2週間の自主隔離を行い、ホテルとジムの往復のみの外出制限を設けます。
食材は全て日本から持ち込み自炊、さらに試合2日前からはバブルと呼ばれる施設内で完全隔離下に置かれます。
この慣れない環境が井上選手の歯車を狂わせてしまったのかもしれません。

試合が始まると、井上選手は得意の中間距離を保ちジャブ、時おり右クロスは放ちます。
そして2R3Rと、徐々にプレッシャーを強めていきます。

4R、強引にプレッシャーをかけ倒しに行きますが、モロニーのディフェンスは固くダウンまでは奪えません。
このラウンドは唯一、2人のジャッジがモロニーを支持しました。
後に大橋会長の話で明らかになりますが、実は井上選手は3~4Rあたりから脚をつっていました。
試合前の隔離生活により減量が上手くいかなかったのでしょうか、6年前のエルナンデス戦でも試合前のインフルエンザから減量が上手くいかず、試合中脚がつるというトラブルに陥っていました。

そして井上選手は、5Rからプレッシャーを弱めます。
踏ん張りが効かず強打を打てないのか、モロニー相手に脚を使わず強引に倒すのは難しいのか、このラウンドからカウンター狙いに切り替えたといいます。
するとモロニーは誘われるように前に出てきます。
ラウンド終盤には、得意の下がるフェイントからの右をヒット。
このパンチは河野公平戦などでも見せたパンチです。
そして度々、右クロスをヒット。この試合よく右クロスを打っています。

6R、モロニーのジャブに下がりながらの左フックを合わせついにモロニーダウン。
モロニーの、ジャブを連打しながら前進してくる癖を見抜いた井上選手が、バックステップし2発目のジャブに合わせた見事なカウンターです。
狙っていたカウンターがついに炸裂しました。
モロニーは井上選手のフックが見えておらず、顎にヒットしたので効いてしまいました。
モロニーのジャブが当たってはいますが、ギリギリの距離でスリッピングアウェーで受け流しています。
仕留めにかかる井上選手ですが、試合巧者のモロニーはゴングに逃げ切ります。

そして7R、ゴング前に井上選手が脚を叩いています。
脚をつっているからなのでしょうか。
一抹の不安がよぎりますが、すぐに払拭してくれます。
ゴングが鳴ると焦らずに攻める井上選手ですが、2分過ぎに脚が復活してきたのかステップを使いだします。
そして、ラウンド終了の拍子木がなった瞬間、渾身の右クロスがヒット。
ガクリと崩れたモロニーは立ち上がれず、井上選手のKO勝利となりました。

このダウンシーンも終始井上選手が狙っていたカウンターでした。
右クロスを放つ前少し膝を曲げ、顔面をマロニーに近づけジャブを誘います。
モロニーのジャブをわずかに左へスリップし、ギリギリでかすりながらかわし、ワンツーのツーを迎え撃つ形で右ストレートを決めました。

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モロニーはダウンを奪われたブロー両方が見えていなかったそうです。
フィニッシュブローをもらった後はしばらく意識もうろうとしていました。

6年前、今回とは度合いは違うと思いますが同じようなトラブルに陥いったエルナンデス戦ではインファイトでKOした井上選手ですが、今回はよりスマートにKOし、6年間の成長を感じさせる試合でした。

おわりに

井上選手のすごいところはピンチに陥っても、相手を圧倒してしまうところです。
それほどポテンシャルが高いということだと思いますが、冷静な試合運び、自分自身へのハードルの高さにも驚かされます。
そして、長引いた試合の多くは井上選手が何かしらのトラブルに陥っています。
今回紹介したピンチ以外にも、陥っていたピンチがあるかもしれませんね。
ぜひ皆さんの知っている、井上選手が陥っていたピンチをコメント欄にて教えていただけると嬉しいです。

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