【試合解説】井上尚弥vsネリ~なぜダウンし、どうやって逆転KOしたのか~【神業連発】

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5月6日、東京ドームでボクシングファンにとって目を疑いたくなるような出来事が起きました。
井上尚弥ダウン。
ルイス・ネリとのタイトルマッチ、終わってみれば井上選手の圧勝でしたが、魔物が潜むと言われたこの地で、なぜ井上選手はダウンを喫したのか。
そこからどうやってKOしたのか、考察解説していきたいと思います。

目次

井上尚弥vsネリ【試合分析解説】

試合が始まると、井上選手は早々に右のオーバーハンドを振っていきます。
立ち上がりは、ジャブやブロッキングで距離を測るというのが井上選手の定石ですが、右の強打でプレッシャーをかけていきます。
試合を見ていた元ボクサーの多くは、「いつもの井上じゃない」「固い」と言っており井上選手自身も試合後インタビューで
「出だし、ちょっと気負っていた部分あったと思う。
この東京ドームでやるということに関してもの凄いパワーをもらっていたけど、それがプレッシャー、重圧も今考えるととあったと思うし、入場して来て東京ドームの景色を見て、舞い上がってはないんですけど、ちょっと浮き足というか、そういう感じだったのかな、そういうシーンはありましたね」
と語っていました。

自分にはちょうどマクドネル戦を思い出しました。
あの試合も1Rから攻め立て、パワーパンチですぐに試合を終わらせました。
あの試合を再現しているように思いました。

そしてネリの突進しながらのワンツー。このあたりは井上選手はバックステップでかわしていましたが、ジャブの差し合いでまだ少し距離に慣れていないように思いました。
これは珍しいことではなく、フルトン戦では1Rからジャブを見切っていましたが、ディパエン戦では1Rは距離をつかめていませんでした。
井上選手も1Rで距離感、相手のパワーを分析すると語っています。

そして井上選手の右の打ち終わりにネリがカウンターを合わせてきます。
これは肩に当たりましたが、怖いタイミングでした。

そして、問題のダウンシーン。
ネリーがワンツーボディで距離をつめてきます。
井上選手がネリを押し、空間を作ってショートアッパー。
これは横に流れジャストミートしませんでした。
しかし、並の選手ならここで次の被弾に備えてブロッキングをしますが、被弾しながら振っていくのはネリの得意パターンです。
そして、腕を下げた状態から振ってくるフック。これもネリの得意なパンチです。
この一見隙だらけのフォームが、井上選手の被弾につながりました。
この時、ネリの顔面は隙だらけで井上選手は右フックを叩き込むチャンスです。
井上選手の目線はネリの左側頭部にロックオンしています。
しかし、すでにネリは左フックのモーションに入っており、井上選手が右フックを打とうとした時には振り始めている状態でした。
さらにネリの腕は腰まで下がった状態で、腕を投げ出すような外側からのスイングです。
井上選手にとっては視界の外からの一撃でしょう。
タパレス戦で聞かされた一撃も、井上選手の目線がタパレスの顔面に向いてる状態で、外側の死角からのフックでした。
井上選手はこの被弾について
「本当に自分の死角から入ってきたパンチで。見えなかった。1つ誤算があるとすれば、そこの角度調整のミス」
と語っています。
そして、井上選手の顎にヒット。
意識の外から、急所にヒット、というパンチが効く条件が揃ったこの一撃に井上選手はダウン。
場内は時折悲鳴混じりの沈黙となります。

かつて同じようなパターンの被弾がありました。
ドネアとの1戦目で井上選手が目をカットした一撃です。
あの時も、ガードが下がっているドネアに右フックを入れようとして、左フックをもらいました。
当たった場所は顎やテンプルではなかったので、ダウンはしませんでしたが、今回と同じように顎に当たっていたらダウンしていたと思います。

しかし今回のダウンは、意識の外から、急所にヒット、というパンチが効く条件が揃ってはいましたが、井上選手の右フックに対してネリの左フック、と同じ方向に対するカウンターだったので、井上選手も「さほどダメージはなかった」と語っているように物理的な衝撃は強くなかったと思います。
これが左フックに対しての左フックなど、迎え撃つ形のカウンターだったら結果は違っていたかもしれません。

ここで驚きだったのが井上選手の冷静さです。
キャリア初のダウンを喫したにも関わらず、しっかりとカウント8まで待ち立ち上がります。
これは井上選手が以前から言っていた、ダウンした時のシミュレーションが活きたのでしょう。

井上選手は立ち上がりクリンチにいきます。
自らクリンチに逃げたのはドネアとの1戦目以来です。
当時は、クリンチにいくも捕まえられず、「井上唯一の苦手なボクシングスキルだ」と言われていましたが、今回はに時間を稼ぎ、距離を取ります。

しかし、その後もネリはラッシュを仕掛けます。
この時、心臓が止まりそうになっていた人は多いと思います。
パンチを効かせた後の強引なラッシュはネリの得意なパターンで、山中選手もこれに飲み込まれました。
タイソンが世紀の大番狂わせで敗れた場所も東京ドーム。やはり東京ドームには魔物が住んでいるのかと肝を冷やしたと思います。

しかし、ボディワークとフットワークでロープ際から脱出。
右ストレートを放ちますが全然届いていません。やはりまだダメージが残っています。
コーナーに詰められる井上選手ですが、ダッキングとスウェーを駆使しながら逆にカウンターを入れます。
井上選手はロープを背負った戦いが得意ですが、初のダウンを喫したこの状況でのカウンターはかなり勇気がいったでしょう。
これが功を奏してネリが下がり始めます。

ネリは試合後
「ダウンを奪った後、興奮しすぎて攻めきれなかった」
と語っていますが、ダウンを奪ったネリよりも奪われた井上選手のほうが冷静でした。

そして、ネリの猛攻が止むと井上選手は笑ってみせます。
人は極度に緊張すると、自ら笑ったりあくびをして緊張をほぐすことがありますが、これはそういう笑いなのかと思っていましたが、井上選手はこのときのことを
「ボクサーということで、そういうシーンは自分自身、燃えあがるところがあるので、非常にハイテンションで試合をしてました」
と語っています。
昔、井上選手とスパーリングをした武尊選手は
「普通格闘家は、冷静に分析するタイプと闘争心で戦うタイプがいるが、井上選手は両方を持ち合わせている」
と語っていましたが、まさにそれがわかる展開でした。

その後、井上選手はジャブと脚を使って距離を取りゴング。
最悪のKOは免れました。

そして2R、互いに前手をポンポンと当て合います。
これはネリと同じサウスポーのパヤノ戦でも見られた動作で、サウスポーとオーソドックスの試合では前手が近くなり、前手での主導権争い、距離の測り合いが重要になります。

そして井上選手がボディジャブを打ったこのシーン、このシーンは個人的に重要なシーンだと思っています。
井上選手のボディジャブの打ち終わりに、ネリがパーリングをしてカウンターを合わせようとしますが、井上選手は左手を下げずにそのまま上げ支え棒のようにしてネリのカウンターを防ぎます。
そしてワンツーからのラッシュ。
ネリを抑え込むように、左手で押し下げバランスを崩させます。
このシーンは井上選手の咄嗟の攻防の技術の高さと、このラウンドは絶対に主導権を与えないという強い意思を感じました。

そして井上選手が徐々にネリのパンチを見切り始めます。

前手を伸ばした状態から踏み込んでのジャブ、タパレスがよく当てていた技ですね。

そしてこの試合で初めて井上選手の右ボディストレートが当たります。
この試合では右の顔面とボディへのストレートがよく当たっていました。

井上選手が距離を掴んでからは、得意の中間距離をキープし一方的な展開になっていきます。
距離を詰めインファイトに持ち込みたいネリ、バックステップで距離を取りジャブとストレートでヒットアンドアウェイをしていく井上選手という展開が続きます。

そして、ネリが左右のフックを振りながら距離をつめてきたところに一閃。
完璧なカウンターが決まります。
スイッチしながらフックを振り回してくるネリ、脚が揃ったところにコンパクトなショート。
しっかりとネリのパンチを見切って合わせにいった美しいカウンターです。

3R以降は井上選手の独壇場になっていきます。
ネリの強打を交わしつつ、中間距離保ちつつ素早い出入りで、打たせずに打つを実行していく井上選手。
特に冴え渡っていのがノーモーションの右ストレート。
打ち終わりに隙ができやすい技ですが、パンチアンドロールで密着から回避します。
メイウェザーが得意としているパターンですね。

そして、井上選手の煽りモードが入ります。
手招きからノーガード。
フルトンやバトラーにも同じようなことをしていますが、今回はわけが違います。
キャリア初のダウンを喫した上に、相手はフルトンやバトラーとは比べ物にならないハードパンチャー。
大橋会長が言っていた「井上はパワーとかスピードが凄いって言われるけど、本当に凄いのはメンタル」という言葉にも納得です。
しかし、ノーガードをされると手が出なくなるのはバトラーもネリも同じですね。

そして4R、ネリの出鼻をくじくようなワンツー。
乗ってきた井上選手にネリは厳しい展開が続きます。

5R、井上選手がロープを背負うと再び左フックでダウンを奪います。
最初の一発はエマヌエル・ロドリゲス戦を豊富とさせるような左フックですが、ミートせず。
2発目は、少し下がって空間を作ってからのコンパクトな左
普通、この距離と体勢では強いパンチは打てませんが、ダウンを奪えるパンチを打てるのが井上選手の凄いところです。
タイミングが良かったのもあるでしょう。
井上選手は本当にロープを背負った戦いが上手です。
ドネアとの2戦目でも密着から左フックでぐらつかせていました。

立ち上がったネリに追撃を加えますが、ネリは果敢に打ち返してきます。
しかし、井上選手は全てかわしカウンターを当てていきます。
ネリの被弾しながらのラッシュですが、ここまで一方的にカウンターを当て続けた選手はいません。
まさに神業です。

そして6R、なおも前に出続けるネリは勇敢ですね。試合前、倒しに行くと言っていましたが、有言実行です。
過去、因縁は色々ありましたが、この試合に関してはネリは紳士だったと思います。

ネリのコンビネーションにも余裕でブロックしてみせる井上選手。
コンビネーションでガードの隙間から、左フックを入れネリは満身創痍ですが前に出続けます。

しかし、井上選手がロープに詰めると、右をもらい、身体をグニャリと脱力させダウン。
TKOとなりました。

最後のフィニッシュシーンですが、最初の右アッパーは深く入りすぎたのか顎を跳ね上げられませんでした。
しかし、被弾しながら打ってくるネリに、右腕を戻し切る前に正拳突きのようなストレートをヒットさせました。

このようなコンビネーションとストレートのフォームは見たことがありません。
咄嗟に出たストレートなのでしょうか。
普通、このようなタメのないパンチは威力が出ないはずですが、ネリの顔面は大きく跳ね上げられています。
意味がわかりません。
しかし、常人の理解を超えてくるのが井上選手です。

この強烈なダウンと同時にこの一戦は終わりを告げました。

1R、まさかの展開に心臓が止まりそうになった方は多かったでしょう。
しかし、終わってみれば1Rを除く全てのラウンドで井上選手が圧倒していました。
井上選手は試合後
「全て想定内だった。もっとネリのパワーがあると思っていた。
1つ誤算があるとすれば、(ダウンを奪われた時の)角度調整のミス」
と、キャリア初のダウンとは裏腹に想定内だったと語っていました。

ダウンを除けばスーパーバンタム級に上げて以降、ベストな試合内容だったと思います。
しかし、ダウンを奪われたのも事実です。
皆さんはこの試合、どう思いましたか?
個人的にはかつて無いほどスリリングで、興奮した名試合でした。

この試合はAmazonPrimeで配信されましたが、最大ピーク視聴数は6ラウンドにネリをKOしたシーンが、これまで最大ピーク視聴数だった2023WBC決勝の日本代表vs.アメリカ代表戦を更新しました。

試合後翌日会見で井上選手は
「映像を見直して満足のいく内容というか、陣営の方々はヒヤヒヤしたと思いますけど、ああいう試合は昨日来てくれた4万人のお客さん、すべての方が満足して帰っていただけたと思う」
「大橋ボクシングジム30周年という年に東京ドームでやれたのは、大橋ジムとしても井上尚弥としても集大成ではなく、今後のキャリアを加速させる一戦だと思うので、ここからまだまだ熱い試合をしていきたい」
と決意を表明。
兄弟揃ってのダウンに
「拓真がダウンしたときは、バンデージを巻きながら『何やってんだ』とか言ってた」
と明かすと、父の真吾トレーナーがすかさず「て、思ってたじゃん。オレなんかもう大変だよ。うそでしょみたいな。ビックリよ」と突っ込み、拓真選手は「ナオの初ダウンは心臓が止まるんじゃないかくらいで、自分も焦っちゃいましたね」と打ち明けていました。

一方ネリは、試合後インタビューを行わずに病院へ直行。
翌日に
「ハッピーだよ。僕は戦うためにここに来た。KOするかされるかだと思ってきた。1ラウンドで倒したけれど、彼がノックアウトして終わった。でも、PFPのチャンピオンをノックダウンして、負けたけど幸せな気分だ」と、すがすがしい表情で語りました。

 敗因について「彼はいいパンチを持っている。でも私のディフェンスに問題があった。最初の数ラウンドは問題なく持ちこたえることができたが、ディフェンスに問題があった」と振り返ります。

「リングを降りた今、たくさんの人が僕のことを愛してくれている。私が敗れて泣いてくれる人もいる。悪い気はしないし、落ち着いているし、負けてもいい気分で帰れるよ」と、試合前とは打って変わって、悪童は紳士に語りました。

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