井上尚弥。
ニックネームは”モンスター”、”日本ボクシング界の最高傑作”。
もともと怪物というニックネームでしたが、世界的な評価を得るにつれモンスターと呼ばれることが多くなりました。
プロ入りから、これまで日本ライトフライ級タイトル、東洋太平洋ライトフライ級タイトル、WBC世界ライトフライ級タイトル、WBO世界スーパーフライ級タイトル、WBA・IBF・WBC・WBO統一世界バンタム級タイトルを獲得しています。
2つ年上の姉と,2つ下に弟がおり、弟の拓真(たくま)選手、従兄弟の井上浩樹(こうき)選手もプロボクサーで、父親の真吾さんはアマチュアのボクサーでした。
そんなボクシング一家に生まれた井上選手の生い立ちや、アマチュア時代、そしてプロでのキャリアに迫ります。
プロデビュー前
幼少期
1993年4月10日神奈川県座間市生まれ、塗装業のかたわらアマチュアボクサーだった父真吾さんの影響で、5歳からボクシングを始めています。
父親の真吾さんは当時を振り返って「できるだけナオからはボクシングを遠ざけていた」と語っている通り、あまり子供にボクシングをやらせたくなかったようです。
井上選手は幼稚園の頃はサッカークラブに所属していましたが、小学校に進学する際に「サッカーかボクシングどっちがやりたい?」
と質問され、ボクシングを選んだといいます。ボクシングを始めてから父真吾さんは徹底的に基本を教えたと言います。
特に鏡の前でのステップワークとワンツーは世界王者になったいまでも毎日続けているとのことです。
アマチュア時代
デビューは小学校6年生の時でした、ちびっこスパーリング大会に出場し、年上の相手に勝利を収めています。
しかし当時を振り返り井上選手は「恐怖でしかなかった」と語っています。これまでは身内で練習やスパーリングを行っていましたが、それがいきなり他人との試合をすることに戸惑いを感じていたと言います。
将来の怪物もデビュー戦は緊張したようですね。
中学3年時には、U-15(アンダーフィフティーン)の全国大会に出場し、優秀選手賞を受賞。幼い頃から才能を見せつけます。
高校進学した後は選抜、インターハイ、国体の3大タイトルを含む7冠(当時史上初)を達成します。
また国際大会ではアジアユース選手権で銅メダルを獲得し世界ユース選手権ではベスト16入りをしています。
2011年に行われたインドネシア大統領杯では金メダルに輝いていますが、ロンドンオリンピックのアジア予選決勝でカザフスタンの選手に僅差のポイント負けを喫したためプロ転向を決意しました。
もし、この試合で井上選手が勝っていたらロンドンオリンピックに出場していたと思うとそれもわくわくする展開ですね。
アマチュアでの最終戦績は81戦75勝(48RSC)6敗となっています。
2分3ラウンド制でヘッドギアの着用が義務付けられている高校生のアマチュアボクシングで、このKO率は破格といえます。
プロデビュー~日本チャンピオン・東洋太平洋チャンピオンへ
プロデビュー
大橋ジムと契約しプロデビューが決まった井上選手ですが、契約の際、大橋会長に「強い相手としかやらない」と言ったそうです。
そしてデビュー会見の際には大橋会長が記者から「会長は150年に1人の天才といわれてデビューしましたが井上選手は?」と聞かれると「彼は怪物です」と答えたことから怪物のあだ名がついたといわれています。
しかし井上選手本人は当初名前負けしている感じがしてこのニックネームが嫌だったと語っていますが、現在では「会長に感謝しています。」というほど気に入っているようです。
デビューに先立って行われたプロテストの実技試験では、現役の日本ライトフライ王者でもある黒田選手相手に行われ見事な内容で合格しています。プロテストの相手が現役の日本王者というのは異例のことだそうです。
クリソン・オマヤオ(フィリピン)戦
デビュー戦は2012年10月2日フィリピンミニマム級王者、東洋太平洋7位のクリソン・オマヤオ(フィリピン)を相手に8回戦で行われました。
なおA級でデビューするボクサーはプロボクシングでは25年ぶりです。
井上選手はこのデビュー戦に向けて110ラウンドのスパーリングをしてきましたが、その相手は世界ランカ―や、日本ランカーだったといいます、しかもそれらの相手を圧倒する場面やダウンを奪う等して話題になっていました。
試合は1ラウンドにボディーでダウンを奪い、4ラウンドにボディーブローでダウンを追加してKO勝ちを飾っています。
井上選手のボディーブローは外側からえぐるように打つレバーブロー(肝臓打ち)と内側からみぞおちを打つのと、2種類ありますが、この試合両方が出ていました。あれを喰らったらミドル級クラスの選手でも倒せるのではないかと思うほど強烈でした。
ライトフライ級時代
ガオプラチャン・チュワタナ(タイ)戦
2戦目はタイ国内王者のガオプラチャン・チュワタナ(タイ)相手に行われ1ラウンド左フックのカウンターでKO勝ちの圧勝に終わっています。
後にこの試合をみたアメリカのボクシング関係者は「シュガー・レイ・ロビンソンのようだ」と絶賛しています。
伝説の王者を引き合いに出すあたりに、井上選手の非凡性とアメリカでの話題性がうかがえますね。
佐野友樹戦
続く3戦目はプロでは初めてとなる日本人、佐野友樹選手相手に行われました。佐野選手は17勝12KO(2敗4分け)
の戦績で、このクラスでは破格のハードパンチャーです、日本ランキング1位、東洋太平洋ランキング3位の強豪です。
しかし井上選手は1ラウンドに左アッパーで相手の目尻をカットさせ、2ラウンドには左フックでダウンを奪い試合を優勢に進めます。
しかし3ラウンドに右拳を痛め、そこからなんと左手1本で戦います、それでも4ラウンドにダウンを追加し、10ラウンドにはTKOで勝利を飾りました。
ボクシングの格言に左を制するものは世界を制す。というものがありますが、井上選手はこの試合でまさにそれを見せてくれました。実に多彩な左ブローを打ち分けていました。
そしてデビュー3戦目の選手が日本1位を左1本で倒してしまうなんて、とてつもないことです。
日本チャンピオンへ
田口良一戦
続く4戦目には日本タイトルに挑戦します。相手は世界ランキング11位の田口良一選手です。これまで18勝8KO1敗1分けのレコードを持つ強豪ですが、井上選手と田口選手は1度スパーリングをした経験があります、まだ井上選手が高校生の頃です。
4ラウンドの予定で行われたスパーリングでしたが、井上選手は2度のダウンを奪い3ラウンド目でストップがかかりスパーリングは中断されてしまいます。
田口選手は当時の様子を「自分は世界王者の八重樫選手や井岡選手ともスパー経験もあったけど、井上選手は別格の強さだった」と語り、また「悔しくて泣いた」とも言っています。
試合の方は開始から井上選手が左ジャブをつきながら攻めます、対する田口選手は、足を使いながらジャブをつきます。
1ラウンドが終わった時点で「これはいい試合になる」と予感させ、また2ラウンドには一瞬田口選手がぐらつく場面も見られましたが、すぐに持ち直しています。田口選手は序盤から、しっかり顎を引いて、ガードを固めています。
井上選手は時に足を使いながら、相手の打ち終わりにカウンターを合わせ、3ラウンド中盤にはラッシュを見せ、田口選手をロープに詰めます。
試合は白熱した展開になりますが、井上選手のキレのあるパンチで攻め立て判定勝ちを収めています。プロ入り後初のフルラウンド戦い抜いた試合になりましたが井上選手はこの試合でスタミナと、精神の強さも証明したといえます。
この試合は日本タイトルマッチであるのが、もったいないと思うほどの凄い試合でした。世界戦の舞台でこのカードを観たかった、と思ったのは私だけではなかったでしょう。
そして、プロ入りから4戦目での日本タイトル奪取は、辰吉丈一郎以来23年ぶりの快挙となります。
一方敗れたとはいえ善戦した田口選手は、この試合から約1年半後に世界王者になり、世界王座を統一するまでの選手となりました。やはり田口選手もただ者ではなかったわけですね。
東洋太平洋チャンピオンへ
へルソン・マンシオ戦
井上選手の5戦目の相手は2013年12月に行われた東洋太平洋ライトフライ級タイトルマッチでした。
同級2位へルソン・マンシオ(フィリピン)との決定戦。マンシオはこれまで18勝9KO3敗3分けのレコード。
ブンブン大きなパンチを振ってくる相手ですが、井上選手は初回から冷静にカウンターを合わせクリーンヒットを当てていきます、
井上選手はどうしても攻撃力に注目されがちですが、相手のパンチを見切る目の良さも持っている選手です。そしてカウンターを合わせる技術も素晴らしいです。
この試合でも2ラウンドにはダウンを奪い5ラウンドに連打をまとめレフリーストップを呼び込み勝利しました。
世界チャンピオンへ
アドリアン・エルナンデス戦
そして翌年の2014年4月プロ入りわずか6戦目にして世界タイトルへの挑戦が決定しました。
相手はWBCライトフライ級王者メキシコのアドリアン・エルナンデスで、これまで29勝18KO2敗1分けのレコードを
誇るベテラン王者です、これまで4度の防衛に成功しています。
一方二十歳の井上選手はこれまで5戦のキャリアと試合数は明らかにチャンピオンの方が多いです。
しかし井上選手は1ラウンドからチャンピオンを圧倒します。試合開始早々に右ストレートをボディーに打ち込みチャンピオンをグラつかせます。その後もロープに詰める場面を見せます。
3ラウンドにはヒッティングにより王者は目をカットします。井上選手のパンチにキレがある証拠ですね。
しかし5ラウンドから井上選手の動きが鈍ります。試合後に井上選手は減量の影響から足がつっていたことが
明らかになりました。それでも井上選手は王者を圧倒してきます。
そして迎えた6ラウンド井上選手は勝負をかけます、右、左、右の連打でダウンを奪いエルナンデスは立ち上がるも
完全に戦意喪失し、レフリーがそのまま試合をストップしました。
6戦目での世界タイトル奪取は日本人としては最速記録(当時)となります。
サマートレック・ゴーキャットジム(タイ)戦
減量苦のためすぐにタイトルを返上して、階級を上げることも考えていた井上陣営ですが「防衛戦をするのは王者の務め」
として初防衛のリングに上がります。
相手は同級13位のサマートレック・ゴーキャットジム(タイ)でしたが井上選手は初回から攻め立て、挑戦者を圧倒します。
この試合ではそこまでの減量の影響も見られず、4ラウンド、6ラウンドにダウンを奪い11ラウンドTKO勝ちで、危なげなく初防衛に成功します。そして階級を上げる事を宣言しました。
二階級制覇~スーパーフライ級時代~
オマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦
一気に2階級アップした井上選手、それだけ減量がきつかったのでしょう。
2014年12月スーパーライト級初戦にしていきなり、WBO世界スーパーフライ級タイトルへの挑戦が決まります。
しかも相手はオマール・ナルバエス(アルゼンチン)。アマチュア時代には世界選手権に2度出場し銀メダルと銅メダル
を獲得、オリンピックにも2度出場しています(アトランタ、シドニー大会)。
これまでフライ級タイトルを16度防衛し、一階級上のスーパーフライ級のタイトルを奪取してから11連続防衛中のスーパーチャンピオンです。43勝3KO1敗2分けと凄まじいレコードを誇り、唯一の黒星もあの5階級制覇の名チャンピオン、ノニト・ドネアから喫しているものです。
井上陣営も最大級の警戒を示しており「お客さんからブーイングされるような内容でもいいから勝つ」と語っています。
しかし試合が始まると井上選手はブーイングではなく、大声援を浴びます。
開始からわずか30秒が経過したところで右のオーバーハンドで王者のテンプル(こめかみ)をかすめグラつかせると、
続く追撃弾でダウンを奪います。これまでプロ、アマ通じて159戦で1度もダウン経験がない王者をあっさりとキャンバスに沈めたのです。
アルゼンチンで観ていたファンは衝撃を受けたことでしょう。それくらい、この王者がダウンするなどあり得ないことなのです。
ゲスト解説の香川照之さんも興奮した声で、この選手が倒れるなんてないですよ。と叫んでいました。
そのラウンドにもう1度ダウンを追加し、初回を終えると続く2ラウンドも井上選手は完全に主導権を支配します、減量苦から解放され、パワーが有り余ってる様子でした。
そしてボディーブローでこの試合通算4度目のダウンを奪うと、王者は立ち上がれず井上選手のKO勝ちとなりました。
試合後のリング上ではナルバエス陣営は「井上はグローブに何か仕込んでいないか?」とチェックを要請します、
それほどナルバエスがあんなに簡単に倒される等信じられなかったのでしょうが、井上陣営はすぐにグローブを取り何も
仕込んでいないことを見せると「素晴らしいチャンピオンだ」と納得したといいます。
この試合は王者の地元アルゼンチンでも放送されましたが、解説陣は「あの左フックはドネアのようだ、彼はローマン・ゴンサレスにも勝てるのではないか」と井上選手を絶賛しています。
そしてナルバエスは試合後に「イノウエはドネアより強かった、彼は歴史的な王者になれる」と語っています。
尚、この試合が評価され井上選手は日本ボクシングコミッションからこの年の最優秀選手賞、KO賞、そしてナルバエス戦は年間最高試合に選出されています。
試合後に右拳を怪我していたことが判明した井上選手は、1年間試合から遠ざかりますが、その間に弟の拓真選手と共に芸能プロダクションのホリプロと専属契約を結んでいます。
そして2015年12月には高校時代からの同級生の女性と7年間の交際を経て結婚しています。
スーパーフライ級防衛
ワーリト・パレナス(フィリピン)戦
1年ぶりとなる試合は初防衛戦、相手はランキング1位のワーリト・パレナス(フィリピン)選手です。24勝中21KOのハードパンチャーで元世界王者をスパーリングでダウンさせたこともある強豪です。
入場時、弱冠表情が硬かった井上選手ですが、時折笑顔も見せます。
井上選手は初回から果敢に攻めます、1年のブランクが心配されましたが、全くブランクを感じさせない戦いぶりでした。
開始早々にパワーのあるワンツーを打ち込みます、挑戦者は一瞬ガードを下げ、効いてないとアピールしますが、井上選手のパワーに驚いたことでしょう。
パンチのスピード、パワー、相手のパンチへの反応等はとても良く、好調を伺わせます。
そして、2ラウンドに打ちおろしぎみの右でパレナスの硬いガードを壊してダウンを奪うと、立ち上がってきた挑戦者にラッシュをしかけKO勝ちを収めています。
ダビド・カルモナ(メキシコ)戦
2度目の防衛戦はランキング1位、指名挑戦者のダビド・カルモナ(メキシコ)選手を迎えて行われました。
初回から有利に試合を展開していきますが、2ラウンドにまたしても右拳を痛めてしまい、8ラウンドには左拳まで痛めてしまいます。
両拳を負傷しながらも、ポイントを奪いながら試合を進め、大差の判定勝ちを収めました。井上選手にとって判定まで
もつれ込んだ試合はプロ入り後2回目、そして12ラウンドをフルに戦ったのはこの試合が初めてのことでした。
井上選手はパンチの打ち方や、フォームもきれいな選手ですから、ただパンチが強すぎて拳を痛めてしまうのでしょう。ハードパンチャーの宿命ともいえます。
そして世界タイトルマッチの舞台で、拳を痛めながらも圧勝してしまう井上選手の強さに脱帽です。
ペッチバーンボーン・ゴーキャットジム(タイ)戦
3度目の防衛戦はまたしてもランキング1位の選手が相手でした。常にランキング上位の選手を選ぶ辺りは、井上選手の常に強い相手と戦いたい、という気持ちを考慮しての陣営側の配慮でしょうか。相手は16連勝中のタイのペッチバーンボーン・ゴーキャットジム選手です。
井上選手の強打を警戒してガードをしっかり固めて戦う相手に対して、攻めにくそうな王者でしたが10ラウンドに強打が爆発し、KO勝ちで3度目の防衛戦を勝利で飾りました。
河野公平戦
続く4度目の防衛戦は前WBA世界スーパーフライ級王者の河野公平選手でした。キャリア16年を誇る苦労人で、3度目の世界挑戦で世界タイトルを獲得した河野選手は驚異的なスタミナと手数の多さが特徴の選手です。
井上チャンピオンにとって日本タイトルマッチ以来の日本人相手の試合となりました。
この試合の交渉に先立って河野選手の奥さんは「井上選手との試合だけはやめてほしい」と言ったといいます。それほど井上選手の怪物性は世界中で認められてきていました。
試合が始まると、前に前に出てくるファイタータイプの河野選手に対して左ジャブで前進を止める井上選手。実力差は明白で井上選手が左ボディーや右ストレートをクリーンヒットしていきます。
6ラウンドに左フックのカウンターでダウンを奪った井上選手、河野選手は根性を見せて立ち上がりますが井上選手が連打をまとめて2度目のダウンを奪うと同時にレフリーが試合を止めました。
河野選手はのちにこの試合の印象を「井上君はすべてにおいてレベルが違った、左ジャブが普通の選手の右ストレートなみに強くて、右ジャブは普通の選手の3倍強かった」と語りました。
リカルド・ロドリゲス(アメリカ)戦
5度目の防衛戦の相手はランキング2位のリカルド・ロドリゲス(アメリカ)選手です、現在はアメリカ国籍を保持していますが、メキシコで生まれ育った選手でこれまで16勝5KO3敗とKO率は低いですが好戦的なメキシカンスタイルのファイターです。
王者井上選手は初回からジャブとボディーを多用し、3ラウンドには左フックでダウンを奪います、立ち上がってきたロドリゲス選手にさらにダウンを追加し、KO勝ちを収めました。相手は試合終了後しばらく立ち上がれないほどでした。
アントニオ・二エベス(アメリカ)戦
そして6度目となる防衛戦で井上選手は初のアメリカ進出となりました。カルフォルニア州のスタブハブ・センター・テニスコートにて行われた、ローマン・ゴンサレスVSシーサケット・ソー・ルンヴィサイ戦の前座として登場しました。
メインイベントではないにしろ、井上選手にとっては初となる米国での試合に期待がかかります。
相手はランキング7位のアントニオ・二エベス(アメリカ)選手です、17勝9KO1敗2分けのレコード。
地元アメリカの解説陣は、入場時から井上選手に「彼には特別な才能がある」等絶賛のコメントをしていました。
井上選手は初のアメリカのリングでの試合の緊張も見られませんでしたが、いつもより慎重な立ち上がりに思えました。
しかし徐々にワンツーからボディーのコンビネーション等を打ち込んでいきます。
二エベスも早いコンビネーションを見せますが、井上選手はしっかり見切っていました。
2ラウンドには得意のボディーブローを連発し、相手をロープに詰めます。ここでラウンド終了10秒前の柏手を終了のゴングと間違えるアクシデントがありました、冷静な井上選手にしては珍しいミスですね。
その後も対戦相手を圧倒し続け6ラウンド終了時、二エベス選手がギブアップしTKO勝ちとなりました。
この試合後の2017年10月には長男の秋波(あきは)君が誕生しています。
ヨアン・ボワイヨ(フランス)戦
スーパーフライ級ではラストの試合となる7度目の防衛戦では、ランキング6位のヨアン・ボワイヨ(フランス)選手を迎えます。170㎝と176㎝のリーチという恵まれた体型でここまで41勝26KO4敗、そして目下31連勝中と波に乗る挑戦者です。
井上選手は初回はガードを高く上げ、様子を見ていきますが、それだけでも相手にプレッシャーがかかっている印象を与えます。オープニングヒットは井上選手のボディーショットでしたが、それだけで会場はどよめきます。
1ラウンド終盤には右クロスをヒットさせ、さらに左でダウンを奪います。
そして3ラウンド、ボディーで3度のダウンを奪い完勝しています。
この試合後の勝利者インターヴューで井上選手は「なかなか相手が決まらなかった中で試合を承諾してくれた相手に感謝します。」と語ったあとに
「この階級では物足りないとこがあるので1つ上のバンタム級も視野に入れてる」と語りました。
3階級制覇~バンタム級時代~
ジェイミー・マクドネル(イギリス)戦
前回の試合後、井上選手はタイトルを返上しWBAバンタム級タイトルへの挑戦が決定したことを明らかにしました。
2018年5月。相手は英国のジェイミー・マクドネル。29勝18KO2敗1分けのレコードを誇り、ここ10年間負けなしの王者です。
試合前マクドネル選手は井上選手を挑発するかのように「イノウエのファーストネームすらどう発音するかも知らない、俺の方がタフで強い」と語っていましたが
試合開始早々に井上選手は左フックをテンプル(こめかみ)にかすめ、マクドネル選手をグラつかせます。
そして左ボディーを追撃してダウンを奪います。
立ち上がってきたところに怒涛の連打をまとめ、またも左フックをヒットさせ1ラウンド1分52秒TKO勝ちを飾り3階級制覇を達成しました。
これほどに身長、リーチに差がある選手が相手でも関係なく勝ってしまうところは本当にすごいです。
16戦目での3階級制覇は日本で最速記録になります。
そして試合後のリング上でWBSSへの出場を発表しファンを沸かせました。
WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)参戦
WBSSとは1つの階級の強い選手だけを集めて行われるトーナメント戦で、正にボクシング界のワールドカップともいうべき大会です。
第一回大会はクルーザー級で行われ、オレクサンドル・ウシクが優勝を飾っています。
そして第二回大会が強者が揃っているバンタム級で行われることとなりました。
7月にモスクワで組み合わせ抽選会が行われ、4人の世界王者を含む計8人のボクサーが集結しました
- WBA王者の井上選手
- 元WBAスーパー王者ファン・カルロス・パヤノ選手
- IBF王者エマニュエル・ロドリゲス選手
- IBFランキング1位ジェイソン・マロニー選手
- WBAスーパー王者ライアン・バーネット選手
- 5階級制覇王者ノニト・ドネア選手
- WBO王者ゾラニ・テテ選手
- WBAランキング5位ミーシャ・アロイヤン選手
とそうそうたる顔ぶれですが、オッズは井上選手が堂々の1位、2位ロドリゲス、3位バーネットと高い評価を受けています。
また井上選手はリング誌が発表したパウンドフォーパウンド(全選手が体重同一と想定した場合、全階級で誰が1番強いか)でランキング6位に選ばれています。
1回戦~ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)~
井上選手の初戦の相手はファン・カルロス・パヤノ選手。オリンピックに2度出場経験を持ち20勝9KO1敗の元WBAスーパー王者です。
試合前パヤノ選手は「イノウエは今までのように上手くいくと思わないでほしい」と自信をのぞかせています。
サウスポースタイルのパヤノに対して探るようにグローブをチョンチョンと合わせて様子を見ていた井上選手ですが、1分すぎに大きく踏み込んでのワンツーを打ち込み1発でパヤノをKOしました。わずか70秒のKO劇でした。
サウスポーに対して序盤1分間はほとんどパンチを出さずにいた、井上選手ですが、その間に相手との距離、そして、相手のパンチのタイミングをはかっていたのでしょう。
解説を務めた元世界バンタム級王者の山中選手は「紹介される前に終わってしまいましたね」と苦笑していました。
試合後に井上選手は「あのワンツーのステップは子供の頃に父から教わり、今でも毎日続けている」と基本の大切さを語っていました。
世界中から注目されているこの大会は、アメリカのテレビでも放送されましたが、解説陣は「イノウエは世界中に衝撃を与えた」
「完璧なタイミングの右だった」とコメントしています。
前回に続きまたも1ラウンドKOの圧勝、しかも相手は元世界王者です。まさに怪物ですね。
2回戦~エマニュエル・ロドリゲス(プエルトリコ)~
2回戦の相手は現役のIBF王者エマニュエル・ロドリゲス(プエルトリコ)選手です。1回戦ではランキング1位のジェイソン・マロニーを判定で下している選手でこれまで19戦全勝12KOとパーフェクトレコードを誇り、ダウン経験すらない強敵です。
オッズでは井上選手に次ぐ2位にランクされていて、この試合は実質上の決勝戦といわれていました。
試合はスコットランドのグラスゴーで行われましたが、試合前の公開練習の際に一悶着ありました。
ロドリゲス選手の練習風景を動画撮影していた父真吾トレーナーに、ロドリゲス陣営が不満を露わにし、真吾トレーナーを突き飛ばしたのです。
その場は関係者が割って入り収まったのですが、この騒動をWBSSがツイッターに流したためロドリゲス陣営は入場から大ブーイングで迎えられてしまいます。一方の井上陣営は「まるでホームのようだった」と試合後に語っています。
試合開始とともにロドリゲス選手は井上選手のジャブに左を被せたり、井上選手が入ってくるところに左フックを合わせたりと積極的に攻めます。
しかし井上選手も右クロスやボディーで応戦、息づまるような緊迫感のある1ラウンドでした。そしてここまでは、ほぼ互角に思えました。
しかし続く第2ラウンド、井上選手がギアを上げます、1ラウンドよりさらにパワフルなパンチを叩き込み左フックのカウンターでダウンを奪います。
立ち上がってきたロドリゲス選手にさらに追撃のワンツーをボディーに見舞い2度目のダウンを奪います。
この時相手側セコンドは「立てッ立てッ」とロドリゲス選手を鼓舞しますが、ロドリゲス選手は「無理だ」といわんばかりに弱気に首を振ります。
何とか立ち上がったものの、すぐに井上選手がラッシュを打ち込み3度目のダウンを奪い試合を終わらせました。
英国の解説陣は「軽量級のマイクタイソンだ」「何て素晴らしいファイターなんだ」と驚きと絶賛の声をあげていました。
試合後に井上選手は実は試合前にスランプに陥っていたことを明かしました。直近の2試合を1ラウンドKOで勝っていたため、今回の試合も1ラウンドKO
を期待されすぎていたためと語っています。気にしないようにしていたものの、気になってしまい練習が手につかず、1か月の休養を取りリフレッシュしたとも語っていました。
そんなスランプを吹き飛ばし見事に決勝進出を決めました。
試合後にあるテレビ番組に出演した際に「早いラウンドでのKOが多すぎる、早すぎる」と冗談交じりに突っ込まれた際に父の真吾トレーナーは「親としては1秒でも早く(勝って)終わってほしい」と語っていました。父親としての優しさのあるコメントですね。
決勝戦~ノニト・ドネア(フィリピン)~
決勝の相手はボクシングファンにとっては説明を必要としないほどに有名な、5階級制覇のスーパーチャンピオン・ノニト・ドネア選手です。
5つの階級で8回も世界タイトルを取っている大ベテランで、ここまで40勝26KO5敗のレコードです。フィリピンの閃光のニックネームを持ち、これまで一撃必殺の左フックで何人ものボクサーをKOしてきました。
実は両者は何年か前に1度日本で顔を合わせたことがあります。井上選手が二階級目のタイトルをかけてWBOスーパーフライ級チャンピオンのオマール・ナルバエスに挑戦する際に、1度ナルバエスと対戦経験のあるドネア選手が来日した際にナルバエス攻略法を授けたといいます。
井上選手自身もドネア選手は憧れのボクサーの1人で、これまで何度も試合のビデオを見ていると語っていました。
伝説級のボクサーでもあるドネア選手を相手にしても、戦前の予想は圧倒的に井上選手有利と出ていました。井上選手はドネア選手に敬意を払いながらも「いい形で世代交代を見せる」と語っています。
試合の時点で36歳となるドネア選手のピークは過ぎているとの見方が一般的でした。しかしドネア選手は試合で古豪の恐ろしさとベテランの意地を見せてくれます。
ほぼ互角の展開の第1ラウンドを終えて迎えた第2ラウンド、ドネア選手の左フックが井上選手にヒット。井上選手は目をカットしてしまいます。(試合後に眼窩骨折と診断)
ヒッティングによるカットなので試合続行不可能になった場合は井上選手のTKO負けとなってしまいます。
しかもこの傷により井上選手は相手が2重に見えるようになってしまい、苦しい展開となります。しかし井上選手は精神面でも怪物なところを見せてくれます。
右目の負傷のせいで相手が二重に見えるなら、右目で相手を見なければいいと考え、右手グローブで右目を隠して戦います。
実はこの戦法はかつてドネア選手が試合中に同じトラブルに陥った際に使った戦法でした。「ドネアに悟られないようにやらなくてはならなかった」
と井上選手は試合後に語っていました。
これだけの大舞台で序盤に目を負傷して、こんなに大胆な作戦を思いつき実行するその精神力は凄い、と試合後にファンは絶賛していました。
それから試合は一進一退の技術戦、カウンターの取り合い、そして打ち合いになりますが、井上選手は確実にポイントを奪っていきます。
しかし迎えた9ラウンド、ドネア選手の右クロスを貰ってしまいグラつきます。なんとかクリンチと根性でしのぎます。井上選手がクリンチを使うほどのトラブルに陥ったのは、ボクシング人生で初めてのことでした。
この試合井上選手は得意の左ボディーを全くといっていいほど序盤から打っていません。井上選手は試合後に「序盤はボディーを打つと、ドネアの左フックをカウンターで
もらう恐れがあったから打たなかった」といっていますが11ラウンド、ドネア選手の動きが落ちてきたところで、ボディーがクリーンヒットします
おもわずたたらを踏んで、片膝をつくドネア選手、この試合初のダウンを奪います。
この時レフリーは間に入るも、カウントをせず井上選手の追撃を阻止する形になったため試合後に議論を呼びました。ドネア選手は「あのボディーは耐えられたが、
もしあのまま立っていたらイノウエの追撃弾を喰らい、もっとトラブルに陥るかもしれなかったので膝をついた、レフリーの行動には正直助けられたと思う」と語っています。
白熱した打ち合いの末試合は12ラウンド判定へ。3-0で井上選手が勝利を収めWBSSトーナメント優勝の快挙を達成しました。
この試合はリングマガジンの年間最高試合に選ばれています。
試合後井上選手は「序盤で目を負傷して苦しい試合でしたが、そんな状況でも勝てたので自信になった」とかたりました。
この決勝戦は試合後にもほっこりするエピソードがあります。試合前に2人の息子たちに優勝トロフィーを持ち帰ると約束していましたが、惜しくも敗れてしまった
ドネア選手、試合後の控室で感情的になり涙を流したといいます、そして井上選手の控室に赴き、井上選手にトロフィーを1日だけ貸してほしいと頼んだそうです。
軽く承諾してくれた井上選手にSNS上で2人の息子たちが、井上選手にお礼を言っているところが話題になりました。
そして井上選手は試合後に大手プロモーションであるTOPランク社と契約しています。この試合後に井上選手はリング誌のパウンド・フォーパウンドランキング3位にランクされました。
そしてこの年(2019年)12月には長女が誕生しています。
聖地ラスベガスへ
ジェイソン・マロニー(オーストラリア)戦
井上選手の次戦は4月25日3階級王者のジョンリル・カシメロ(フィリピン)選手相手に行われる予定でしたがパンデミックの影響により無期限延期、そして消滅となりました。
しかし同年10月にラスベガスにてWBOランキング1位のジェイソン・マロニー(オーストラリア)選手を相手に防衛戦が行われると発表されました。
コロナ渦による厳戒態勢での試合となり、井上陣営はアメリカ入国後2週間の自主隔離を行い、ホテルとジムの往復のみの外出制限を設けます。
食材は全て日本から持ち込み自炊、さらに試合二日前からはバブルと呼ばれる施設内で完全隔離下に置かれます。
試合は無観客で行われ、会場にはセコンド陣やレフリー、ジャッジ以外は一切入場禁止としていました。
対戦相手のマロニー選手はWBSS大会にも出場しており1回戦でロドリゲス選手に敗れたとはいえ2-1の判定で、接戦を演じています。
試合前マロニー選手は「かつてないほどに仕上がっている、自分が勝てると信じている」と語っています。
21勝18KO1敗のレコードの挑戦者に対して井上選手は試合前「すべてが高いレベルにある選手」としながらも自信とコンディションの良さを伺わせていました。
井上選手が唯一の懸念材料として無観客試合であることを上げていましたが、その影響も全く見られず試合は序盤から井上選手ペースで進んでいきます。
攻略が難しいと形容されていたマロニー選手はディフェンシブな戦いを見せ井上選手はなかなかクリーンヒットが出ません。
業を煮やした井上選手はノーガードで相手を誘い込むなどの戦略を見せ、6ラウンドには相手の左ジャブにカウンターの左フックを合わせダウンを奪うと、続く7ラウンドには右ストレートのカウンターでKO勝ちを飾りました。
この試合は無観客にもかかわらず、井上選手は約1億円のファイトマネーをてにしています。
エキシビジョン
比嘉大悟戦
2021年2月に井上選手は元世界フライ級王者の比嘉大悟選手とチャリティーイベントでスパーリングをしています。
比嘉選手はデビューから15連続KO勝ちで世界王者になったハードパンチャーです。
しかし井上選手は余裕のスパーを見せます、相手の打ち終わりにカウンターを合わせたりして、比嘉選手のパンチを見切っていました。
3ラウンド目には両者ヘッドギアをはずし、本気度の高いスパーをファンに披露しました。
モンスターのこれから
井上選手はこれからもとにかく自分のいる階級で最強の相手と常に戦い、最強を証明していきたいと語っています。
バンタム級ではカシメロ。そしてさらにはスーパーバンタム級制覇等も思い描いているとも語っています。
この怪物チャンピオンがどこまで突っ走るのか、ファンとしては目の離せない試合が続きそうです。
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