【格闘技】たった一発、一瞬でひっくり返った試合7選【大逆転】

逆転の試合は格闘技の醍醐味の一つですが、今回は逆転試合の中でも、たった一発、あるいは一瞬の隙きでひっくり返った試合を紹介します。

目次

【格闘技】たった一発でひっくり返った試合【大逆転】

フリオ・セサール・チャベスVSメルドリック・テーラーⅠ

1990年3月17日に行われたこの試合は、68戦全勝のチャベスが持つWBCのベルトと、24勝1分けのテーラーが持つIBFのベルトをかけた、無敗同士のWBC・IBF世界スーパーライト級王座統一戦で、様々な意味でボクシング史に残る逆転劇でした。

チャベスは当時、すでに3階級制覇王者で27歳の全盛期。ボクシング史における数々の記録を打ちたて、全階級通して最強の称号であるPFP(パウンド・フォー・パウンド)の称号を思いのままにした伝説のチャンピオンです。

一方、テーラーも無敗といえど25戦の1階級の王者で、下馬評ではチャベス優位が圧倒的でした。

しかし、試合が始まるとスピードとテクニックでテーラーが優位に進めます。

11R終了時、107-102、108-101で二人のジャッジがテーラーを支持。一人は104-105でチャベスを支持していました。
つまり、最終の12Rを逃げ切ればテーラーの判定勝ちということになります。

最終ラウンドに入り、残り30秒。このまま時間が過ぎるのを待っていれば、テーラーの統一王者、伝説のチャンピオン、チャベスの連勝記録ストップという、偉業が確約されていました。

しかし、テーラーは逃げずに打ち返します。会場はメキシカンに有利にジャッジすると言われているラスベガス、相手はメキシコの大スター。
セコンドは判定に絶対の確信を持てず、テーラーに積極的に攻めることを指示したといいます。

テーラーの大偉業達成まで残り25秒、世紀のどんでん返しが起こります。
チャベスの右ストレートがテーラーの顎にカウンターで入ります。チャンスと見たチャベスがラッシュを仕掛け、再び右ストレートがテーラーの顎を貫き、テーラーが崩れ落ちます。
テーラーにとってプロ初のダウンです。

ここで10カウント(テンカウント)で立てなければチャベスの勝利ですが、テーラーはカウント5(ファイブ)で立ち上がります。
最終のゴングまで残り5秒、8カウントでテーラーの様子を伺うレフェリー。目線を外してファイティングポーズを取らないテーラーの様子を見ると、レフェリーは首を横に振りながら試合を終わらせました。

この劇的な幕切れに会場は、割れんばかりの歓声で包まれました。

チャベスの12R2分48秒TKO勝利。試合終了まで後2秒。おそらく試合再開されても直後にゴングが鳴り、テーラーは追加のダウンをせず判定勝利だったでしょう。

納得行かない表情のテーラー。猛抗議するセコンド。この判断は今でも議論の的となっています。

試合会場は、メキシコ系の選手に有利と言われているラスベガス。さらに相手は無敗の伝説のチャンピオン。
ここで負ければその記録に傷がつきます。忖度が働いていないとは言い切れません。

しかし、テーラーがレフェリーの確認に、ファイティングポーズを取り、しっかりと続行の意思を示さなかったことも確かで、解説を務めていた浜田剛史さんの
「レフェリーも時間を気にして(試合を)させるさせないということはない。」
という言葉もあったとおり、レフェリーのスティールも
「時間があろうがなかろうが止める時は止める。私は彼に大丈夫かと尋ねましたが、彼は何も言いませんでした。それだけでなく彼の状態をしっかり見極めて判断したのです。」
と、自分の判断は間違っていなかったと主張しました。

無敗記録を伸ばし続けるスターが、試合終了2秒前に試合をひっくり返した逆転劇でした。

ジェロム・レ・バンナVSピーター・アーツ

1999年12月5日に行われたこの試合は、K-1グランプリ99の準決勝でした。

3度の優勝経験があり、前年の98年大会を全試合1RKO勝ちで優勝した、乗りに乗っているピーター・アーツと、肉体改造によりビルドアップ、2ヶ月前にローキック以外でダウン経験がないマット・スケルトンを1RKOするなど、こちらも万全なバンナの対戦でした。

この時アーツは29歳、まだ腰を痛める前で一番強いと言われている時期でした。バンナもこの時26歳、左肘を痛める前で、互いに全盛期といえる時期で、「事実上の決勝戦」と謳われていました。

試合前の組み合わせ抽選会では、誰もが最強のアーツとの対戦を避ける中、バンナは自らアーツを指名したのでした。

試合開始早々、15秒にバンナの右にアーツが右ハイキックを合わせます。黄金の右脚はバンナの右側頭部をとらえ、バンナは思わずダウン。
すぐに立ち上がるも、その足取りは完全に効いています。

勝利を確信したアーツはガッツポーズをしながら、再開を待ちます。

試合を終わらせようとラッシュをかけるアーツ、おぼつかないバンナの足取り、バンナが倒されるのは時間の問題だと誰もが思っていたでしょう。

しかしバンナは立ち向かいます。アーツをロープ際に押し込むと左右のフックを連打。
左の豪腕がアーツの顎をとらえると、アーツは腰からキャンバスに沈んでいきます。

そのままアーツは立ち上がることなく10カウントを聞き、バンナの逆転勝利となりました。

このわずか1分での信じられない試合展開に、東京ドームは興奮のるつぼと化しました。

この試合は多くのファンから、K-1史上ベストバウトに上げられており、K-1史に残る名試合となりました。

以降、バンナは人気No1ファイターとなり、K-1はバンナとともに更に人気を博していくのでした。

セルジオ・ペティスVS堀口恭司

まだ記憶に新しいこの試合は、2021年12月3日に行われたBellator272での、バンタム級のベルトをかけた試合でした。

ペティスはこの試合をチャンピオンとして迎い入れるものの、下馬評では、UFC8勝1敗、元Bellator王者、現RIZIN王者の堀口有利の予想が圧倒的でした。

試合が始まると、堀口選手が素早いステップでペティスを翻弄し、パンチではカウンターを当て、テイクダウン、カーフキックと終始試合を支配していました。

4Rに入り、堀口の危なげない戦いにほとんどの人が、このまま堀口選手が試合をコントロールして勝つだろう、と思っていたでしょう。

しかし3分20秒、ペティスの離れ際の右ハイキックをダッキングでかわすと、振り向きざまのバックブローが堀口選手の顎を振り抜きました。
大の字になったまま動かない堀口選手を見たレフェリーは、急いで試合を止めました。

4R3分24秒、堀口選手のTKO負け。
18分20秒間試合に勝っていた堀口選手ですが、ペティスの一発のバックブロー、数秒で試合はひっくり返されてしまいました。

サムライの海外での活躍を期待し、勝ちを確信していた多くの日本の格闘技ファンが大いに落胆した日でした。

しかし、それまで優位だった試合が一瞬でひっくり返る。これが格闘技であり、格闘技の面白さではないでしょうか。

西岡利晃VSジョニー・ゴンサレス

2009年5月24日に行われたこの試合は、WBCのスーパーバンタム級のベルトをかけた試合でした。

この試合は入札となり、敵地メキシコで行われました。日本の長いボクシングの歴史上、敵地での世界タイトル防衛に成功したのは渡辺二郎ただ1人です(当時)。
しかも相手のゴンサレスは、本場アメリカでもビッグマッチを行っている選手で、40勝(34KO)6敗のレコードを持っています。

この試合、メキシコではゴンサレス有利の予想が圧倒的で、ゴンサレスの次の試合まで組まれている状況でした。西岡選手はチャンピオンにもかかわらず、完全にかませ犬の立場でリングに上がったわけです。
リングに上がった西岡選手にブーイングが飛びますが、西岡選手は集中している様子でした。1ラウンド目から積極的に仕掛けるゴンサレスに、立ち上がり緊張からか硬さのあった西岡選手は、不用意にパンチをもらい、ダウンを喫してしまいます。(1R2分33秒)

そして迎えた3ラウンド、西岡選手はメキシコのファンの度肝を抜きます。
サウスポーの西岡選手は、やや右にステップしてからの左ストレート一発。ゴンサレスは大の字にキャンバスへ沈んでいきます。見事なクリーンヒット。(3R59秒)

何とか立ち上がったゴンサレスですが、レフェリーはそのまま試合を止め、西岡選手のKO勝ちとなりました。肩車され、雄たけびを上げる西岡選手。
そのあまりの喜びようが、いかにここまで緊迫した状況であったかを物語っていました。
後に西岡選手は、ある番組で
「生きていて、雄たけびを上げることなんてないじゃないですか。あそこまでの喜びはもうないんじゃないですかね。」
と語っています。

この試合はWBCのベストKO賞を受賞しています。メキシコの人気選手ゴンサレスを、一発で沈めたその破壊力にメキシコでは、その日から”モンスターレフト”と西岡選手の左を形容するようになりました。
ギリギリの緊張感の中、初回にダウンを奪われてからの逆転KO勝ちは、西岡ファンだけでなく日本のボクシングファンにとって、感動と興奮を与えてくれた試合でした。

レイ・セフォーVSジェロム・レ・バンナ

1997年4月29日に行われたこの試合は、実力者バンナとK-1戦績、1勝1敗のセフォーとのハードパンチャー同士の対決でした。

徐々に肉体をビルドアップしていたバンナと、元々ヘビー級としては小柄なセフォー。
戦績以外にも圧倒的にバンナ有利の見方が多い試合でした。

試合が始まると、体格に勝るバンナがプレッシャーをかけ続け、セフォーをロープ際につめます。

バンナの右フックでセフォーのガードが開くと、返しのショートフックでセフォー、ダウン。
セフォーがすぐに立ち上がりますが、チャンスと見たバンナが詰め寄ります。

しかし、その瞬間。片脚を上げ体重を乗せた右フックを放ってきたバンナに、迎え撃つ形でセフォーのオーバーハンドの右フックがヒット。
セフォーもまた体重を乗せたパンチで、トラックが正面衝突したようなカウンターでした。

後ろに倒れることなく、膝が曲がり前のめりに倒れるバンナ。
この前のめりに倒れるダウンの仕方は、衝撃を全て受け止めた証拠であり、バンナにとってはかなりのダメージだったでしょう。

バンナは顔をキャンバスに付けたまま10カウントを聞きました。

この数秒間の逆転劇はセフォーを一躍有名にし、これ以降セフォーのフックは”ブーメランフック”と呼ばれ、セフォーの代名詞となります。
そして、セフォーはK-1を支える人気ファイターになっていくのでした。

ロッキー・マルシアノVSジャーシー・ジョー・ウォルコット

この逆転劇は、ボクシング史の中で”最も有名なKO”として知られているシーンです。

1952年9月23日に行われたこの試合は、その後ボクシング史で名を残す伝説のボクサー、マルシアノと当時38歳のチャンピオン、ウォルコットとのヘビー級タイトルマッチでした。

下馬評では29歳無敗のマルシアノが圧倒するだろうという見方が大半でした。

しかし試合が始まると1R、ウォルコットがダウンを奪います。

その後もウォルコットが優位に試合を進め、13Rを迎えます。現代では世界戦は12Rまでというのが常識ですが、当時は15R制でした。

13Rは”魔のラウンド”と呼ばれ、劇的な展開が起こるラウンドとして知られていますが、この試合も例外ではありませんでした。

ウォルコットをロープ際につめたマルシアノが、右フックをカウンターで合わせます。顎を撃ち抜かれたウォルコットの頭は大きく揺れ、かなりのダメージだったでしょう。
ロープに腕がかかりしゃがみ込むウォルコット。

ウォルコットは前のめりに背中を曲げ、キャンバスに顔をつけたままピクリとも動きません。
そのまま立ち上がることなく、マルシアノのKO勝利となりました。
36分間負けていたマルシアノは、たった一発のパンチで試合をひっくり返したのです。

スコアでリードしていたウォルコット、12R制であればウォルコットの判定勝利でこの試合は終わっていました。

現代であれば生まれなかったこのKO劇は、まさにボクシング史に刻まれた逆転劇だったでしょう。

ミルコ・クロコップVSアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ

ニコニコ動画
【寝技最強VS立ち技最強】ノゲイラVSミルコ
【寝技最強VS立ち技最強】ノゲイラVSミルコ【寝技最強VS立ち技最強】ノゲイラVSミルコ [スポーツ] PRIDE 寝技最強VS立ち技最強 mylist/13235103

2003年11月9日、PRIDEグランプリ2003決勝戦に行われたこの試合は、当時最強王者だったヒョードルとミルコが戦うはずでしたが、ヒョードルの怪我により前王者のノゲイラと、ヘビー級暫定王座決定戦として行われました。

この三人は当時、ヘビー級三強と言われており、暫定王座決定戦とはいえ三強のうちの二人のビッグマッチでした。

当時破竹の勢いを誇っていたミルコ。K-1では王者のマーク・ハント、無双状態だったボブ・サップを下し、PRIDEではヒース・ヒーリング、ボブチャンチンなどの実力者を下し、キックルールだけでなく総合でもその実力の高さを証明していました。

対するノゲイラは、柔術マジシャンの異名を持ち、PRIDEではヒョードル以外には全勝、その多くを一本で勝ち取っていました。

典型的なストライカー対グラップラーの対決に、総合格闘技ファン誰もが胸を高鳴らせていました。

これに勝てば、ミルコにとっては長らく熱望していたヒョードルとの対戦とPRIDEのベルト、ノゲイラにとっては王者への返り咲きを兼ねたヒョードルとのリベンジマッチ。互いにとっても負けられない戦いでした。

試合が始まると、ノゲイラのタックルをことごとく切っていくミルコ。
スタンドでは明らかにミルコに部があります。
得意の左ミドルを突き刺し、左ハイや左ストレートでじわじわと削っていきます。

1R終了間際には左ハイを当てダウンを奪い、完全にミルコペースで試合を終えました。
このまま、ミルコが試合を支配しKOするものと思われていました。

しかし2R、ノゲイラがタックルをするとミルコが足を滑らせテイクダウンに成功します。(ノゲイラ陣営がリングに水を撒いておいたという説あり)
一瞬の隙きをものにしたノゲイラ。マウントポジションからパウンドを浴びせます。

ミルコがブリッジをして逃れようとした瞬間、ノゲイラはすかさず腕十字を決め、ミルコはたまらずタップ。
ビッグマッチでの一瞬の逆転劇に、東京ドームにいたファンは誰もが叫びます。

一瞬の隙きを見逃さなかったノゲイラはリングを叩いて喜びました。

ミルコはこれでPRIDE初の黒星となりました。当時、ミルコはK-1からの刺客としてPRIDEファンからヒール的な見方をされることが多く、PRIDEヒーロー・ノゲイラの劇的な逆転勝利に日本中のPRIDEファンが湧いたのでした。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

他にも、格闘技の歴史に残る一発逆転劇があるかと思います。

ぜひ、コメント欄にて皆さんの好きな逆転試合を教えていただけたら嬉しいです。

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