【格闘技】歴史に残った瞬間、珍事件

格闘技において最も盛り上がる瞬間は、豪快なKOやドラマチックやスリリングな展開ですが、今回これまでと違った観点で歴史に残った瞬間や珍事件を紹介いたします。

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【格闘技】歴史に残った瞬間、珍事件

リディック・ボウ vs イベンダー・ホリフィールドⅡ

最初に紹介するのは、ボクシング史に残る珍事件です。
それは、リディック・ボウ vs イベンダー・ホリフィールドの2回目の試合で起きました。

1992年11月、統一世界ヘビー級王者ホリフィールドから王座を奪還したボウが、約1年後にチャンピオンとしてホリフィールドを迎え撃つ試合となります。

事件は7R1分過ぎ、突如会場が悲鳴混じりでざわつき始めます。

何かに気づいたホリフィールドは直ぐにボウから距離を取り、試合中にも関わらず視線を外します。
レフェリーは試合を中断。目線の先にはなんとパラグライダーで降りてきた男がいたのです。

男の名はジェームズ・ミラー。すぐにセキュリティに囲まれます。

場内は騒然、「テロリストが来た」とパニックに。
妊娠中だったボウの奥さんは失神と、異常な事態になります。
ミラーは取り囲まれたセキュリティの攻撃により失神、担架で運ばれました。

試合は20分の中断の後、なんとそのまま再開されホリフィールドの判定勝ち。
この試合はビッグマッチでしたが、ファンの印象に残ったのは”謎のパラグライダー男”でしょう。

ミラーは短い入院の後、拘置所へ連れていかれ起訴、4000ドルの保釈金を支払った後に釈放されました。
しかし、これに懲りないミラーはその後、パラグライダーでバッキンガム宮殿に侵入を試みて失敗し、国外追放。
事件から10年後には、自害により生涯を閉じるというなんとも奇妙な人生を送りました。

試合後のインタビューでミラーはこの事件は偶発と語っていますが、その後も度々問題を起こしていることから意図的だったと思われます。

この事件は、リングマガジンのイベントオブザイヤーに選ばれました。

判定決着だったこの試合後、ミラーはインタビューで「ノックアウトされたのは私だけだった」と皮肉交じりに語りました。

ジェロム・レ・バンナ vs ニコラス・ペタス

続いては2000年に行われたジェロム・レ・バンナ vs ニコラス・ペタスの、K-1GP(グランプリ)予選トーナメント、キックボクシングの試合です。

バンナはこの約3ヶ月前、極真のフィリオを衝撃のKOで倒しており、同じ極真仲間のペタスは「仲間が倒されたというのは悔しいですね。借りを返したいんですよね」と、敵討ちとしてこの対戦に挑んでいました。

群れることを嫌うバンナは、この極真の仲間意識に嫌悪感を抱いていたといいます。

そんなバンナは試合前、殺気立った目でペタスを睨みつけます。
ゴングが鳴ると、いつもは冷静に距離をとるバンナですが、早々に距離を詰め剛腕を振り回すバンナ。

ペタスはガードしつつ得意な蹴りで距離を取りますが、次第にパンチを効かされ、ガードの上からダウンを奪われます。

立ち上がり抵抗を見せるペタスですが、再びバンナの猛攻に崩れ落ちます。
この試合はトーナメント戦で、2ダウンでのKOとなります。
つまり、この時点で1Rに2回ダウンを奪ったバンナの勝利でした。

しかし、意識朦朧のペタスは立ち上がると、ガッツポーズを取っているバンナに殴りかかろうとしたのです。
驚いたバンナを見て我に返るペタスですが、これに怒ったバンナはペタスの顔面に右フックを叩き込みます。

ノーガードでバンナのパンチをもらったペタスは失神。場内は騒然となります。

これによりバンナには、厳重注意としてレッドカードが与えられますが、すでにバンナの勝利が成立した後での出来事であること、殴りかかったペタスにも非があることから、バンナのKO勝利は覆りませんでした。

意識を戻したペタスは悔しそうに叫び、リングを後にしました。

バンナはこの後決勝戦に出場し、見事予選トーナメントの優勝を果たしました。

ペタスは試合後、

「倒されちゃいけない、ちょっとでも(ポイントを)取り返したい、という気持ちがあって。」
「相手(バンナ)が『何やってんの』みたいな感じで(ジェスチャーするのを見て)アレッ?て思った」

https://www.boutreview.com/report/k1/00/0730/7.htmlより

と語り、

バンナは

「(挑発されたと思って)頭に来たから、ブッ倒してやろうと思った。試合終了していたこと?気付いてなかったな。とにかくこれは戦争みたいなもんだ。ファイターとしての怒り?そうじゃない。動物的なものだよ。」

https://www.boutreview.com/report/k1/00/0730/7.htmlより

と語っています。

試合終了直後にバンナの怒りが噴火した事件でした。

ヒース・ヒーリング vs 中尾芳広

続いては、2005年に行われたヒース・ヒーリング vs 中尾芳広(よしひろ)の試合で起きた事件です。
この試合は珍事件としてはかなり有名ではないでしょうか。

試合前、眼光鋭くにらみつける中尾選手。
ヒーリングも集中している様子です。

そして事件はこの直後、試合が始まる前に起きるのです。

リング中央でフェイスオフする両者。
にらみ合いで中尾選手が顔を近づけると、なんとヒーリングにキスをしたのです。
中尾選手にとっては軽い挑発だったのでしょう、しかしヒーリングにとっては許しがたい行為でした。

その直後、ヒーリングは中尾選手の顎に右フックをお見舞い。
中尾選手は失神しキャンバスに倒れ込みます。

ヒーリングは呆れた様子で中尾選手を批判します。

立ち上がれない中尾選手は担架で運ばれ、この時点ではヒーリングの反則負けとなります。

納得のいかないヒーリングは、興奮しながら自分の正当性を主張、抗議します。
結局、この試合は「過剰な挑発をした中尾選手にも非がある」とし、無効試合に改められました。

大晦日に行われたこの試合後、中尾選手は病院のベッドで年越しを迎えるハメになりましたが、病院のベッドで見た初夢は「ヒーリングにキスをした」夢だったそうです。

中尾選手はその後、リングネームを”中尾KISS(キッス)芳広”に改名。
PRIDE移籍直後の会見でも、対戦相手についてニヤリと笑いながら「カッコいい男がいい」とコメントするなど、完全にネタとして受け入れたのでした。

ジェロム・レ・バンナ vs マイク・ベルナルドⅢ

続いて紹介するのは、2001年に行われたジェロム・レ・バンナ vs マイク・ベルナルドでの出来事です。

2人は7年前と6年前に試合し、バンナが勝ち越していますが、2人とも当時よりも実力、人気ともに遥かに上がった状態です。
K-1屈指のハードパンチャー同士のこの対決に、ファンたちは試合前から大きな期待が寄せていました。

試合前、鋭い眼光でにらみ合う両者、2人の気合と緊張が伝わります。

試合が始まると両者、距離を取り緊張の時間が続きますが、徐々にバンナがプレッシャーを強めていきます。
ガードの上から剛腕を叩きつけるバンナ。

1R終了10秒前の拍子木が鳴り、バンナ優勢でベルナルドをロープにつめた瞬間でした。
ベルナルドが身体を入れ替える間際、左フックと右アッパーをヒットさせ、バンナがぐらつきます。

一気に勝負をかけるベルナルド。ハリケーンのようなラッシュがバンナに襲いかかると、巨体はキャンバスに崩れ落ちます。

実は、このダウンの前に1R終了のゴングが鳴っていました。
しかし、満員の横浜アリーナの大歓声がゴングの音をかき消していたのです。
それほどファンはこの光景に興奮し、熱狂していたのでした。
ゴングが聞こえなかったレフェリーは試合を止められずに、1R終了後もベルナルドのラッシュが続くことになりました。

ゴング後に3発ものベルナルドの剛腕を被弾したバンナ。

バンナ陣営は抗議し、このダウンは認められませんでした。
そして、バンナの回復を待って試合再開する予定でしたが、結局再開はされず。

ベルナルドによるラウンド終了後の攻撃ですが、ゴングが聞こえず、レフェリーも止めない状態での攻撃で、ベルナルドに非はありません。
しかし、バンナは受けるはずのなかったダメージを受け、完全な回復は難しい状態です。

結局、この試合は無効試合となりました。

8ヶ月前、試合後のパンチでペタスを倒しファンを驚かせたバンナは、今度は自身が試合後に倒されファンを驚かせたのでした。

シュガー・レイ・レナード vs ロベルト・デュランⅡ

続いては、”ノー・マス(もうたくさんだ)事件”として語り継がれる事件を紹介します。
シュガー・レイ・レナード vs ロベルト・デュラン(Ⅱ)、2回目の対戦、WBCウェルター級タイトルマッチ、1980年に行われたボクシングの試合です。

2人の因縁は5ヶ月前の試合から始まります。
2人は80年代を牽引する中量級4天王のうちの2人で、レナードは無敗、デュランは1敗の戦績で頂上決戦でした。

レナード有利の予想も多かった中、デュランは天性のボクシングセンスを発揮し判定勝利。
初のウェルター級タイトルを獲得するともに、絶対王者レナードに初の黒星を付けたのです。
デュランの母国パナマは、この日を「デュランの日」という祝日に制定するほどの偉業でした。

その5ヶ月後にダイレクトリマッチとして行われたのが今回の試合となります。
スター選手同士の歴史的な第2戦です。

試合が始まると、1戦目からの教訓を得たレナードが打ち合いを避け、デュランをあざ笑うかのようなアウトボクシングを展開します。
時折デュランを挑発しながらヒットアンドアウェイをするレナード。

そして8R、デュランが突如そっぽを向き、何かを諦めたかのように右手を振ります。
追撃を加えるレナードですが、レフェリーが止め、様子を見た後試合を再開させようとしますが、戦闘意思のないデュランにTKO負けを宣告しました。

歴史的なビッグマッチで、王者が突如試合を放棄したのです。
この時にデュランが言った「ノー・マス(もうたくさんだ)」が、この事件の通称となります。

信じられないような幕切れに、喜びを爆発させるレナードですが、その後会場はブーイングに包まれるなど騒然となります。

ルイジアナ・ボクシング・コミッションはこの試合に対して”不満足な試合内容”を理由に、デュランに7500ドルの支払いを命じました。

デュランはこの試合放棄について、1回目のレナード戦の勝利後のお祭り気分で暴飲暴食を続け、3か月で20キロ超の減量をせざるを得なかったりなど、体調が万全でなかったことも理由に挙げています。

デュランのマネージャーのカルロス・エレタは
「ロベルトはもう制御がきかなくなっていた。レナードと再戦しなくても、誰か他の選手に負けていただろう」
と、語っています。

歴史的なビッグマッチで起きた、予想外の幕切れでした。

イベンダー・ホリフィールド vs マイク・タイソンⅡ

最後に紹介するのは、イベンダー・ホリフィールド vs マイク・タイソンⅡ2回目の試合で起きた、ボクシング史に残る世紀の珍事件です。

1997年6月に行われた2人の対決ですが、因縁は昨年の11月から始まりました。

逮捕後、仮釈放からKOでの連勝でWBA、WBCのタイトルを獲得したタイソン。
以前のような機敏なボディワークやステップが影を潜め、4年ものブランクがあったにもかかわらず、すぐに王者に返り咲くのはさすがタイソンといったところですが、その王座はホリフィールドに奪われることになります。

30歳のタイソンに対して、ホリフィールドは負けが込み始めた34歳。予想はタイソン圧倒的有利でしたが、11RホリフィールドのTKO勝利。
タイソンはダグラス戦以来の2つ目の黒星をつけられることとなりました。

そして、その約7ヶ月後にダイレクトリマッチで行われたのがこの試合です。

1ラウンドから場内は大興奮の試合となります。
いつものピーカブースタイルで頭をヘッドスリップしながら中へ入っていくタイソン。それに対してガードを高くかかげ、ジャブから攻めるホリフィールド。
終盤にはホリフィールドがタイソンをロープに追い詰めてラッシュを見せます。
第2ラウンド序盤にはホリフィールドのバッティングでタイソンが右目をカット。スパーでカットした古傷が開いたのです。

両者イライラしているのが伝わってきますが、特にタイソンのバッティングに対しての怒りを感じます。
タイソンが踏み込んでくると、頭をつけクリンチをしていたホリフィールドは、度々バッティングをしていました。
そして運命の第3ラウンドのゴングが鳴ります。

ラウンド終盤、クリンチ際に突如ホリフィールドが足をばたつかせるようにジャンプします。
見ていた人たちは何が起きたのか分かりません。レフェリーはすぐにタイムを取ります。
耳を抑えて痛がるホリフィールド。スローで見返すと、なんとタイソンがホリフィールドの耳に噛みついていたのです。

さらにその後ホリフィールドを突き飛ばし、試合は一時中断。コミッションがリングに上がりレフェリーが状況を説明します。
しかしWBAのルールで試合を止められるのはレフェリーのみです。レフェリーはタイソンに2点の減点を科し、試合は再開。

しかし、再開後タイソンはまたもクリンチ際にホリフィールドに噛みつき、痛がるホリフィールドに「カモン」と挑発します。

3Rが終了すると、ホリフィールドの耳からは大量の血を流れているのがわかります。
そしてレフェリーは、タイソンの失格負けを言い渡しました。

しかし、それを聞いたタイソンは怒り狂い、ホリフィールドを付き飛ばし、暴れだします。
恐る恐るタイソンを抑える警察官。
リングは屈強なガードマンや警察でいっぱいになり大騒動となってしまいます。
両者が退場となったあと、レフェリーが状況を説明。場内ブーイングの中で世紀の一戦は幕を閉じました。

病院に直行し、耳を縫う手術を受けたホリフィールドは「とにかく信じられない、タイソンはあらゆる汚いテクニックを使ってきた、彼の恐れがこんなことをさせたのだろう」と語り、タイソンには試合報酬の差し押さえと、少なくとも1年間の試合出場停止が科せられました。

試合後ニューヨークタイムズやワシントンポスト等の新聞は、この時期に起きた「香港返還」を差し置いてタイソンの記事を1面に載せ、タイソンをボクシング界から永久に追放するべき、と非難しました。

試合から2日後に開かれたタイソンの記者会見では
「バッティングで出血し、負けるかもしれないと思ってあんなことをしてしまった。もう2度しないと誓うし、どんな処罰も受け入れるが私からボクシングを取り上げる事だけは許してほしい。イベンダーには本当に申し訳ないと思っている」
と語っています。

その後2人は2009年にテレビに出演し和解、2013年にはタイソンがかじった耳を返し、当時のクリンチを思わせるハグをする、というユーモアの効いたCMも作られました。

それまでも逮捕やプロボクサーとのストリートファイトなど、度々リング外でも事件を起こしてきたタイソンですが、今回はリング内で歴史に残る珍事件を起こしたのでした。

おわりに

最後までご覧いただき誠にありがとうございます。

今回紹介したもの以外でも、胸クソ悪い事件に関しましては、当チャンネルの”胸クソ悪い試合6選”動画にて紹介していますので、興味のある方はそちらも御覧ください。

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他にも、格闘技における歴史的瞬間や珍事件があるかと思います。
ぜひ、コメント欄にて皆さんの印象に残っている、歴史的瞬間や珍事件を教えていただけたら嬉しいです。

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