小柄なハードパンチャーランキング!TOP8【ボクシング】

ボクシングは階級制の競技です。試合の日までに決められた体重を作り、ほぼ同じ体重の選手同士がリングで戦います。
47.6キロ以下のミニマム級から90.7キロ超のヘビー級まで、多様な選手がいますが、今日はその中でも小柄な選手、しかもパンチが強かった選手にスポットを当ててみたいと思います。

ボクシングは体重で階級を別けてあるため、背の高い低いに関係なくヒーローになれます。
私はそんなボクシングの平等性が好きです。比較的体の小さな東洋からも数々のチャンピオンを輩出してきました。誰にでもチャンスがある!ということをボクシングは示してくれていると思います。

そのため今回のランキングでは「小柄な」と言っておりますが、それは階級で隔てた体格ではありません。基本的には170センチ以下の身長の強打者に絞っています。

170センチ以下と規定した理由は、日本人男子の平均身長がだいたい170センチだからという理由です。
マイクタイソンはヘビー級では小柄ですが、一般的には小柄ではないので、このランキングには入れておりません。
さぁボクシング界にどんな小さな倒し屋達がいたのか見ていきましょう。

目次

小柄なハードパンチャーTOP8

前編動画

●第8位

リカルド・ロペス
51勝37KO、KO率73%です。
ロペスを強打者に分類することに、異論を唱える方はいるとは思いますが、この小さな巨人をどうしても入れたかったのは、私の個人的な好みに依るところが大きいかもしれません。
ロペスの身長は、アメリカのボクシング選手名鑑によると165センチとありますが、日本のテレビでは162センチと記載されています。
ただ、どちらにしろロペスは生で観ると、本当に小さかった印象があります。
1990年10月に東京で大橋秀行選手から5RTKO(2分0秒)でWBC世界ミニマム級タイトル(階級の呼び名は全て現在ので統一)を奪取してから、同タイトルを22連続防衛。その後、1階級上のライトフライ級で2階級制覇をした名王者です。
アマチュア40戦全勝28KO、プロ51勝37KO1分けのレコードを残し引退しています。
最軽量の47キロちょっとの体格で「よくあんなに派手に倒せるなぁ」と感心してしまいます。
ロペスはスピードとタイミングを、芸術の域にまで高めてKOを量産してきた選手ですが、パワーでも「大橋と互角のパワーがある」と専門家に言わせるほどのものを持っていました。ちなみに大橋選手はアマチュアで42勝27KO、プロで19勝12KOを記録しており最軽量のミニマム級きっての強打者と言われていました。

5度目の防衛戦で来日したロペスは、台湾から来たロッキーリンと対戦しました。
指名挑戦者のリンをわずか2R(1分46秒)で沈めた試合は、日本のファンの度肝を抜きました。映画ロッキーシリーズにレフリー役で出演していたマーティンデンキンは、カウントを数えずに試合をとめました。それほどのクリーンノックアウトでした。
2R開始47秒に放った左のロングフックには、解説の浜田剛さんも「あんな距離から届くんですねぇ」と驚いていました。

https://www.youtube.com/watch?v=ppXov9Dqwmk

さらにファンを驚かせたのは、15度目の防衛戦で対戦したアラビラモア木村との試合です。
木村選手は日本のリングに上がっていたフィリピン人の選手です。
国際マッチメーカーのジョー小泉氏の知り合いが、フィリピンに留学した際に見つけた選手で「セブに天才がいますよ」と小泉氏に伝えて、小泉氏は外国人選手を欲しがっていた新日本木村ジムの木村会長に伝えて、移籍話が決まり、以来、13連続KOを含む快進撃でフィリピン王者になり、世界ランクを上げていった選手でした。2度目の世界挑戦の木村選手でしたが、ロペスの芸術的な左アッパー一発でキャンバスに沈みます。(8R40秒)

大橋選手は後楽園ホールでロペスに敗れた際に「世界は広い、あんなすごい選手がいるとはね」と言っていました。何十年もボクシングを見続けているジョー小泉氏も「脱帽も脱帽、もう兜でも帽子でもなんでも脱ぎます」というほどのセンセーショナルな王座奪取劇でした。
そして、この日後楽園で試合を観たファンの顔には、「大橋が負けて悔しいけど、何か凄いものを観た」というような密かな満足感がありました。

●第7位

パスカル・ペレス
84勝57KO、KO率68%です。
ペレスはアルゼンチン出身の元世界フライ級チャンピオンです、身長150センチほど(諸説あり)ですが、そのパンチ力は驚異的でした。ロンドンオリンピックフライ級金メダリストからプロ入りし、デビューから18連続KOを含む23連勝22KOを記録している強打者です。
1950年代に活躍したボクサーで、日本人初の世界王者、白井義男さんから東京でタイトルを奪取してから、9度の防衛に成功しています。これはミゲルカントに破られるまで、フライ級の最多防衛記録でした。
戦績は84勝57KO7敗1分けと、フライ級としてはかなりのKO率を誇っています。アルゼンチンでは銅像が建てられているほど有名な選手です。
ペレスは葡萄農園で育ち、小さいころから仕事を手伝っていたため力が付いたという都市伝説のような逸話があります。
日本の選手とは7度対戦しており、その初の対日本人戦が白井さんとのノンタイトル戦でした。

(3度目の対決の映像)

現役世界王者VS金メダリストとして話題を集めブエノスアイレスの会場には3万人以上の観客が集まり、当時のアルゼンチン大統領までリングサイドに来ていたほどの話題性でした。その試合は引き分けましたが、世界タイトルをかけての再戦でペレスは初回に白井さんをダウンさせ、さらに12Rにも左フックでダウンを追加し判定勝ちで世界王者になりました。
初防衛戦でも白井さんと3度目の対決をし5RKO勝ちを飾っています。初回から2度のダウンを奪ったペレスは、5R渾身の右フックでKO勝利をおさめました。鉄腕ペレスの真骨頂を見せた試合で、この視聴率96.1%というボクシング歴代1位を記録しました。

その後もペレスは米倉さんや、矢尾板さんとも拳を交えます。日本側からすると白井さんが失ったベルトを日本に取り戻そうと懸命になります。しかし曲者ペレスを攻略できませんでした。キャリア8戦目で挑んだ天才米倉さんは、スピードのあるボクシングでかき回しますが、2Rにダウンを喰い判定負け。(動画1分12秒辺り)

そして出てきたのが日本最後の期待、矢尾板さんです。矢尾板さんは1度ノンタイトル戦でペレスに勝っています、それもあってか日本中が期待した試合でした。
試合当日は商店街も店を閉め、タクシーすら道路を走ってなかったといわれるほど皆が白黒のテレビで試合を見守っていました。結果は13RKOでペレスが防衛に成功しましたが、(動画の13分30秒辺り)後に矢尾板さんは「ペレスの全身のバネを効かせて打ってくる左フックは本当に強かった、9Rからボディーが効いてしまった」と言っていました。

当時の日本ボクシング界にとって天敵のように君臨したパスカルペレスは色々な意味で日本人にとって思い出に残る強打者でした。

●第5位

マイケル・カルバハル、ウンベルト・ゴンサレス
5位は同率で2人のボクサーになります。
カルバハルは49勝33KO、KO率67%。ゴンサレスは43勝31KO、KO率72%です。

マイケル・カルバハル

https://twitter.com/Dragongood4/status/965691182092136448?s=20&t=jne8Hq7GvCet4Sb_Vr11NA

カルバハルは166センチ、ゴンサレス155センチ、両者ライトフライ級の軽量級で初の100万ドルファイトを実現させた立役者の2人です。
ボクシングの本場アメリカの平均身長は男性で178センチです。これはアジア系やラテン系のアメリカ人を除いた場合です。
そのためかアメリカのボクサー達はウェルター級やミドル級あるいはそれ以上の階級の選手達が多いです。そんな選手たちの中から人気選手が生まれます、すると軽い階級には光が当たりづらくなってしまい、ファイトマネーも安くなるという図式が生まれてしまいます。カルバハルは引退後に「軽い階級でもお金は稼げるってことを証明できたと自負している、俺とゴンサレスが扉を開けたんだ」と語っています。自分だけではなく、対戦相手のゴンサレスの名前も一緒に挙げているところに友情を感じますね。
カルバハルはソウルオリンピックにアメリカ代表として出場し、銀メダルを獲得したメキシコ系アメリカ人です、アマチュアで94勝9敗のレコードを残しプロ入りしますが、デビュー戦でいきなり後の世界王者ウィル・グリグスビーと対戦し判定勝ちしています。
WBC、IBF統一ライトフライ級王者であり、1993年には年間最高選手にも選出されています。彼の憧れのボクサー、石の拳ことロベルトデュランにあやかって小さな石の拳のニックネームがあります。
戦績は49勝33KO4敗です。

https://www.youtube.com/watch?v=pCEniEHkd24

カルバハルの試合で特にすごかったのは統一王座の防衛戦で金光善(キムカンスー)を得意の左フック一発で眠らせた試合です。
キムはソウルオリンピックのフライ級金メダリストで、他にもキングスカップ、世界選手権などで9つの金メダルを獲得し、142勝65KO6敗のレコードをひっさげてプロ入りしたエリートボクサーです。しかしカルバハルはキムを初回から圧倒します、そして7R(2分23秒)左フックがカウンターで決まりキムは頭からキャンパスに崩れます、立ち上がったものの足元がおぼつかず、すぐさまレフリーが試合をとめます。

ウンベルト・ゴンサレス

一方のウンベルト・ゴンサレスはチキータ(少年)のニックネームを持つメキシコ人のボクサーでWBC,IBF統一ライトフライ級チャンピオンです。
名伯楽のナチョべりスタインの教え子で身長は155センチと小柄ですが自慢の強打でKOの山を築き43勝31KO3敗のレコードを残しています。
アマチュアでも29戦全勝のレコードを残してメキシコゴールデングローブを獲得しています。
無敗のまま世界王座を獲得し、初防衛戦では15連続防衛の韓国の鷹、張正九(チャン、ジャンク―)に判定勝ちしています。
そしてゴンサレスがそのパワーをまざまざと見せつけたのがタイの元世界王者ナパ・キャットワンチャイと戦った試合です。
ゴンサレスは初回から圧倒し、2R(2分50秒)左アッパー一発でKO勝ちしました。ナパはしばらく起き上がれないほどのダメージを負っていました。(動画11分辺り)

そんな両雄が初めて顔を合わせたのは1993年の3月でした。
場所はラスベガスのヒルトンセンター、WBC王者のゴンサレスは5度目の防衛戦、カルバハルはIBFタイトルの7度目の防衛戦です。
世界トップクラスの美声を誇るリングアナウンサー、ジミーレノン・ジュニアの声が会場に響き渡ります、ここでファンサービスなのかたまたまプライベートで試合を観に来ていたもう1人の有名アナウンサー、マイケルバッファーが飛び入りでリングに上がりカルバハル側をコールするというアメリカらしいイベントがあり試合が始まります。
試合はゴンサレスが2R(2分30秒)と5R開始早々にもダウンを奪います、しかしカルバハルも打ち返し、一進一退となります。
そして迎えた第7ラウンド、カルバハルの渾身の左フックを浴びたゴンサレスはカルバハルにもたれかかるようにして力なくキャンバスに沈み、そのままカルバハルのKO勝ちとなります(3分)

この試合がファンの興奮と感動を呼びもう1度観たいとの声が高まり、両者は再戦しますが、その試合が100万ドルのファイトとなります。
両者が引退して何年も経った後2人はボクシング名誉の殿堂式典で再開し、仲良く2人で話していたのが印象的でした、2人とも軽量級の歴史を変えたボクサー達でした。

●第4位

カオサイ・ギャラクシー
49勝43KO、KO率88%です。
身長は158センチと小柄ですが、上半身の筋肉は異様なほど発達しており、そのパワーはライト級でも通用するのではないかと言われていたほどでした。
カオサイはタイの英雄的存在です、1984年にWBA世界スーパーフライ級王座を獲得して、91年までの7年間で19度防衛、この記録はスーパーフライ級史上最多、そしてアジア人としても最多記録です。カオサイは元々はムエタイの選手でしたが、銅が長く足が短い体型のため、けり技を使うムエタイより国際式の方が向いてると言われボクシングに転向しました。

日本の選手も多くやられており、カオサイが世界王者になる前に、ジョー小泉氏がマッチメークした試合で、当間選手、大橋克行(かつゆき)選手、マルシアノ関山選手、加藤選手の4人はタイまで出向き全員KOされて帰ってきました。
そして世界タイトル獲得後にもカオサイの強打は続きます。
警察官や中学校の教師を経てプロボクサーになった松村謙一(けんいち)さんは善戦しましたが10R(44秒)にダウンを奪われ滅多打ちにされた末判定負け。

https://www.youtube.com/watch?v=o0C1OwFiQbY

中島俊一(しゅんいち)さんも8R(2分24秒)TKO負けしています。
後に世界王者となるデビット・グリマンも5R(1分28秒)でKOされています。

19度の防衛のうち16回をKOできめており、その強打、倒しっぷりは凄まじいものがありました。

(この動画にカオサイの良いKOシーンが多くあります)

実はこのカオサイ、日本のボクシングファンにとっては実現していたらドリームマッチになっていた試合が2つあります。
1つは渡辺二郎さんです。渡辺選手がWBA王者としてWBC王者のタイのパヤオ・プーンタラットと統一戦をを行い、当時統一戦を認めていなかったWBAは渡辺選手のタイトルを剥奪、そして当時WBAのランキング1位にいたのがカオサイでした。空位となったWBAタイトルをエウセビオ・エスピナルと争い6RKO勝ちしてタイトルを取っています。
(11分50秒辺り)
対立王者同士となった両者ですが結局WBAの強固な統一戦禁止政策のせいで実現はしませんでした。
もう1つは鬼塚勝也さんです。カオサイが19度目の防衛に成功した時、鬼塚選手はランキング1位にいました、そしてカオサイがタイトルを返上したため、決定戦でタノムサクと対戦し判定勝ちで世界タイトルを奪取しています。
もし、カオサイが20度目の防衛戦を行っていたら、鬼塚選手と対戦していたのかもしれません。当時無敗だった鬼塚選手のスピードあふれるボクシングと、カオサイの強打、どっちが勝っていたか考えるとワクワクしますね。

ちなみに渡辺選手とは両者引退後にエキシビジョンで対戦しています。渡辺選手が39才、カオサイが35才の時でした。このエキシビジョンはイギリスの専門誌では写真入りで紹介される等、大きく扱われていました。そしてカオサイの母国タイでは衛星生中継されています。
試合は14オンスのグローブにヘッドギアを着用しての3分3Rでしたが、3R目には両者ヘッドギアを外しての打ち合いを見せ、ファンを沸かせてくれました。

カオサイの最終戦績は49勝43KO1敗ですが、この戦績から1敗を取ると、元世界ヘビー級チャンピオンのロッキー・マルシアノと同じ戦績になります。ヘビー級史上でもトップクラスのハードパンチャーマルシアノと、約40キロ軽い階級のカオサイのKO率がほぼ同じというのは、カオサイのパンチ力がいかにこの階級で抜きんでていたのかを証明しています。
引退後は政界進出や、芸能の仕事もこなしているらしいですが、現在はユーチューブのチャンネルも持っています。

https://www.youtube.com/channel/UCF9Ltc77eY5XiUWVI_lNH5g

後編動画

●第3位

ナジーム・ハメド
36勝31KO、KO率86%です。

ハメドは身長160センチのイギリス出身のボクサーですが、父親がイエメン共和国からの移民であるため、イスラム教徒でもあり。試合前のリング上で神に祈りをささげるコメントをしたり熱心なところを見せています。
(48分、祈りのシーン)

7歳の頃、将来のトレーナー兼マネージャーのブレンダン・イングルと出会いボクシングを始めます。
イングル氏は変わった人で、器械体操のようなトレーニングを取り入れたりしていました。
両手をだらりと下げて戦うハメドスタイルはすっかり定着しましたが、イングルジムではこれが当たり前のようで、あるボクシング記者がイングルジムを取材した際に「全員ハメドスタイルだった」と驚いていました。
ハメドは元世界フェザー級チャンピオンでWBOのタイトルを15度防衛していますが、その間にIBF同級チャンピオンのトム・ジョンソン、WBCチャンピオンのセサール・ソトにも勝利し王座を統一しています。また3階級制覇のウィルフレド・バスケスへ戦は、バスケスがハメドとの試合直前にWBAタイトルを返上しているため、実質的な統一戦となりハメドが7RKOで勝利しています。
実質は4団体を統一していると言っていいでしょう。
ハメドを指導した名トレーナー、エマニュエル・スチュワードをして「もしレノックス・ルイスとハメドが同じ階級ならハメドのパンチ力の方が上だ」と言わしめるほどのハードパンチャーです。
型がない自由奔放なスタイル、サウスポーでもオーソドックスでもその中間の野球の内野手のような構えでも戦えて、前進のバネを生かして身体ごと打ってくるパンチは、破壊力抜群で対戦相手を一発で眠らせた試合は多数ありました。
相手のパンチを身体が直角になるほどのスウェーバックでかわし、相手のガードが下がったところにすかさずパンチを打ち込んできます。
人気ボクシング漫画はじめの一歩に登場するブライアン・ホークの元ネタになってることでも知られています。(42巻)

ハメドの試合で多くのファンや専門家が最高試合にあげるのがニューヨークで行われたケビン・ケリーとの試合です。
ケリーはすでに二度世界タイトルを獲得している強豪です、ニューヨーク出身の選手なのでまさに地元での開催です。
この両者は試合前から激しい舌戦を繰り広げていました。
(3分10秒)
試合は1R、いきなりハメドがダウンを喰い(動画6分55秒)
2Rにもグローブをキャンバスについて2度目のダウンを喫してしまいます。(8分49秒)
しかしここからがハメドの恐ろしい所です。すぐにケリーを倒し返し、合計3度ダウンさせ4RKOで勝利をおさめます。(16分40秒)

https://www.youtube.com/watch?v=aKk5yaQQs1Y

いつもはハメドスタイルに批判的な解説者の浜田剛さんも「あの状態から倒し返すのはさすが、普通の選手にはまねできない」と絶賛していました。

15度目の防衛戦で対戦したオーギー・サンチェス戦も実にハメドらしい試合でした。
サンチェスは26勝23KOの売り出し中のホープです、序盤はいいパンチをもらい苦戦しましたが4R(動画20分8秒)力でねじ伏せてKO勝利をおさめました。サンチェスにはすぐにドクターチェックが入り、そのまま担架で運ばれていきました(22分45秒)
「念のためなので心配いりません」とのアナウンスが入りましたが、ハメドのパンチの強さを見た試合でした。

ハメドの引退時の戦績は36勝31KO1敗です、身長160センチほどの身体で数々のKO劇を生み出したエンターテイナーでした。

●第2位

ローマン・ゴンサレス
50勝41KO、KO率82%です。
ゴンサレスは身長約160センチのニカラグア出身のボクサーです。現役の選手ですが、これまでにミニマム級、ライトフライ級、フライ級、スーパーフライ級で王座を獲得している4階級制覇のチャンピオンです。
アマチュア87戦全勝のレコードをひっさげプロ入りし、いきなり16連続KO勝ちを記録します。

初めての世界タイトルを獲得した時の対戦相手は、日本人の新井田豊(にいいだゆたか)選手でした。
新井田選手はデビュー当時からその才能を高く評価されていて、あの2階級制覇の世界チャンピオン畑山隆則さんも「才能は俺よりある」と絶賛するほどでした。無敗のまま世界王座につき、チャンピオンのまま引退するも2年後に再起し、再び世界王座を獲得し、これまで7度の防衛に成功しているチャンピオンです。
しかし、そんな新井田選手が相手でもゴンサレスは戦前の予想から有利とされていました。新井田選手がこれまでの防衛戦で2度戦い、倒し切れずに判定勝ちをしたフィリピンのエリベルト・ゲホンをゴンサレスはなんとわずか69秒、左ボディー1発で倒しているのです。

さらに、ここまで20戦全勝18KOを記録し、平均KOラウンドは2.1ラウンドとほとんど序盤で片づけています。
そして試合は初回からゴンサレスが圧倒的なパワーを見せつけて4RTKO勝ちを収めています。ボクシングセンス抜群といわれていた新井田選手が得意のカウンターも打てず、何もできずに負けてしまったのです。

しかし、この試合を観た人は皆こう思ったでしょう
「ゴンサレスは将来スーパーチャンピオンになる」と。
試合後に解説を務めた大橋秀行さんは「開始15秒でゴンサレスの勝ちを確信した」と語り、ボクシングライターの増田茂さんは「試合が始まってすぐにゴンサレスの勝ちはわかった」と同じようなコメントをしていました。
ゴンサレスのパンチはドスンと重い感じで、芯から効かせるようなパンチです。
オマール・ソトを左アッパーで倒した試合では、ソトはそのまま立てずにいました。相当効いていた証拠でしょう。

3階級目を狙ったWBCフライ級タイトルマッチでは指名挑戦者として八重樫選手に挑戦しました。八重樫選手はアマチュアでインターハイや国体で優勝しプロ入り後も2階級でチャンピオンになっている選手です。
しかし、ゴンサレスはフライ級でも通用する強打を存分に見せつけ、9RKO勝ちを収めています。

ここまで50勝41KO3敗のレコードですが、軽量級では驚異的なKO率を誇っています。
まだ現役の選手ですが、現時点でも最初に日本でタイトルを取った際に、ボクシングファンの人たちが予感した「名チャンピオン」に本当になったんだなぁと少し嬉しく感じます。

●第1位

あわせて読みたい
井上尚弥ドキュメント~世界が驚愕した日本の最高傑作~
井上尚弥ドキュメント~世界が驚愕した日本の最高傑作~井上尚弥。ニックネームは”モンスター”、”日本ボクシング界の最高傑作”。プロ入りから、これまで日本ライトフライ級タイトル、東洋太平洋ライトフライ級タイトル、WB...

井上尚弥

堂々の第1位は井上選手です。
22勝19KO、KO率86%です。
この身長165センチのモンスターがハードパンチャーであることに異論を唱える人は少ないでしょう。
数少ないパンチで相手をダウンさせ、ガードの上からなぎ倒し、14オンスのグローブで行ったスパーリングでは、井上選手のボディブローをガードした3階級上の選手の腕を折ってしまうなど、彼のパンチ力を証明する話は枚挙にいとまがありません。
井上選手を1位にしたのには2つ理由があります。1つは、やはり国内、海外問わず評価が圧倒的に高いことです。アメリカのリングマガジンやネットニュースでも井上選手は大きく扱われていますし、国内の専門誌でも国宝のように扱われます。
もう1つは、これまでこの動画でランク入りしてきた過去のハードパンチャー達と井上選手を比較したり、もし戦ったらどんな試合になるんだろう?と考えるだけで空想の世界に入り込めてしまうからです。たしかにPFPランキングの動画を作成した際にもふれましたが、時代も階級も違う選手達を比べることはできません。
しかし井上選手には、そんな歴代のグレート達にすら勝ってしまうんじゃないだろうかと、期待を抱かせるほどの才能が溢れています。
精密機械と呼ばれたリカルド・ロペスのボクシングを井上選手はどうやって崩すのでしょうか?緻密なフェイント、正確で伸びのあるロペスのパンチをどのようにかわすのか?
ペレスの剛腕を空転させて得意のカウンターを打ち込めるか?
鉄のハートと強打を持つカルバハルやチキータ・ゴンサレスの心を井上選手の強打でへし折ることができるのか?
カオサイと足を止めて打ち合ったら勝てるのか?ハメドの変幻自在のボクシングにどうやって対抗するのか?信じられない角度とスピードで飛んでくるハメドのパンチをかわせるのか?
同じ時期にスーパーフライ級にいながらも、対戦が実現しなかったローマン・ゴンサレスと戦っていたらどうなっていたのか?
考え出すと楽しみでしょうがないですね。
今やボクシングファン以外の人でも知っている井上選手の存在ですが、あまり知らない人たちに、井上選手の強打者ぶりが最も伝わりやすい試合を3つご紹介します。

1つ目はオマール・ナルバエス戦です。
2階級目をかけてWBOスーパーフライ級タイトルに井上選手が挑戦した試合です。
ナルバエスは2階級制覇のチャンピオンでこれまでプロ、アマ通じて150戦以上してダウン経験は1度もありません。
フライ級、スーパーフライ級で通算27度防衛しているチャンピオンです、一方の井上選手はこの試合がプロわずか8戦目です。
そのナルバエス相手に開始30秒、井上選手の放ったオーバーハンドぎみの右であっさりダウンを奪います。(3分50秒)
このパンチは顎やテンプルといった急所にあたったわけではありません。ガードの上からおでこに叩きつけるようなパンチで、スローでよく見てみると、このダウンの前に放った右はナルバエスのテンプルよりやや上にヒットし、ナルバエスをぐらつかせます。その後に放ったパンチはナルバエスの左グローブに当たっています、つまり最初の一撃でナルバエスは足にきていたのです。
同じようなパンチを得意とする選手で、ゴロフキンがいます。スーパーフライ級で、ミドル級屈指のハードパンチャーのような効かせ方ができるのは、井上選手がかなりのハードパンチャーという証拠でしょう。

結局井上選手は4度倒して2RKO勝ちを収めています。試合前ナルバエスは「自分が戦ってきたセサール・セダやフェリッペ・オルクタよりパンチが強いわけない」と言っていましたが、試合後には「自分より何階級も上のパンチだった」と語っています。
ネット最大手のFIGHTNEWSは12月30日に行われたこの試合を見届けてから年間MVPを選出すると告知しており試合後は井上選手をMVPに選んでいます。怪物ぶりを世界に見せつけた試合でした。

2つ目はジェイミー・マクドネル戦です。
WBA世界バンタム級タイトルマッチ、井上選手が3階級目のタイトルを取った試合です。
マクドネルはこれまで5連続防衛中の王者で10年間無敗を続けていて、井上選手より身長で10センチ、リーチで12センチ長いチャンピオンですが、試合は1R1分20秒辺りに井上選手が放った左フックで実質的に決してしまいます。
このパンチでマクドネルはグラついただけでしたが、井上選手が試合後に語っていたように完全に怯えてしまいます。
(動画4分)このパンチは試合後に井上選手がロシアンフックと言っていました。
その後すぐにダウンを奪い、試合は1RKO勝ちで井上選手の勝利となります。
マクドネルは引退後自身のインスタグラムで、井上選手がPFP2位に選ばれてる写真をのせて「俺は少なくとも最強の1人と戦ったんだ」とつぶやいていました。

3つ目はWBSS1回戦で戦ったファン・カルロス・パヤノ戦です。
パヤノはアマチュアで400戦以上のキャリアを誇り、オリンピックに2度出場している元WBAバンタム級のスーパー王者です。
日本の山中選手と死闘を繰り広げ、世界タイトルを12度防衛したアンセルモ・モレノにも勝っている曲者です。しかし下馬評では井上選手圧倒的有利。
これまでご紹介した試合もそうですが、井上選手はどんな有名選手と戦う前でも有利の立場は動きません。
これはいかに井上選手の評価が海外でも高いかを表しているといえるでしょう。
試合はあっという間でした。開始わずか70秒、実質的に最初に放ったワンツーで試合を終わらせてしまいます。
(3分10秒)
軽量級のボグサーが実質たった一発で相手を失神させたのです。
この試合、井上選手はバンデージの巻き方にこだわっており、いつもは手首をしっかり固定する巻き方ですが、この試合では接近戦でのアッパーを多用することを想定し、手首を固定せずに巻いてもらったそうです。
あらゆる場面を想定して試合に臨むのも井上選手の強みの1つですね。
試合後、解説をしていた元3階級制覇のチャンピオン長谷川穂積さんは「倒したワンツーのツーは少しタイミングをずらしていた、一流の漫才師もタイミングや角度をずらすことがあるけど、そんな感じだった」
と関西人らしくお笑いで例えていました。
この試合で井上選手はKOパンチとなったワンツーを打つまでに、自分の左のグローブをサウスポーのパヤノの前に突き出している右のグローブに、チョンチョンと合わせる行為を約50回ほどしています。
そして試合後には「50秒を過ぎたあたりで倒せると確信した」と語っていますから、約1分の間に相手の全てを読みつくしてしまったのでしょう。凄まじいまでのボクシングセンスです。
これまで挙げた3つの試合は井上選手をあまり知らない方でも彼の凄さ、強打者ぶりをよく理解できる試合ではないでしょうか。
井上選手はまだ現役の選手です、それも今が旬の選手です。これから先どのような活躍を世界中のファンに見せてくれるのか、そしてどのような形で現役を引退していくのか、見守りたいと思います。

まとめ

階級、時代が違うボクサーを比べることは実質的にはできません。
パンチ力のみを比べることはさらに難しいのではないでしょうか。
なぜならどんな強打を持っているボクサーでも、そのパンチを当てられなければ意味はありません、KOもできません、強打者として認識されることもありません。
今回紹介したボクサー達は皆KOへの伏線を張っていく作業が上手い選手達ばかりです。
ローマン・ゴンサレスと戦った新井田選手は引退後にこんなコメントをしています。
「ゴンサレスは距離の詰め方が抜群にうまかった」
またリカルド・ロペスに敗れた大橋選手はロペスのフェイントの上手さを絶賛しておりKOに至るまでの運び方の巧みさを語っています。
そして井上選手も「どのパンチでも当たれば倒せる自信はあります。でも一番大切なのは当てるまでのプロセス」と語っています。
それらの証言からもわかるように、どんな強いパンチを持っていても当てられなければ意味はありません。また逆にパンチはそこまでなくても、KO率の高い選手もいます。
ウィルフレド・ゴメスはデビュー戦を引き分けて以来32連続KO勝ちを記録していますが、連打で倒す名ファイターでしたし、そのゴメスに敗れるまで55戦全勝53KOを記録していたカルロス・サラテはピンポイントパンチャーと言われ、的確に正確に相手の急所を突くパンチでKOを量産していますが、パワーパンチャーのイメージはありません。このランキングではあくまでもパンチ力のある選手に的を絞ってみました。
しかし、やはりPFPランキングと同じで個人の好みや感情が強く出てしまうランキングになっているとは思います。そこらへんをご了承いただいたうえで軽い気持ちで観て頂けると嬉しいです。

よかったらシェアしてね!

コメント

コメントする

目次
閉じる